松沢呉一のビバノン・ライフ

男女同権・自由平等に反対する嘉悦孝子—女言葉の一世紀 111-(松沢呉一) -3,326文字-

婦人参政権に反対した棚橋絢子—女言葉の一世紀 110」の続きです。

 

 

 

怒るな働け

 

vivanon_sentence以前から、良妻賢母派の書くものはチラチラとは読んでいたのですが、面白いものではないので、軽く読んで放り投げてきました。

今回、棚橋絢子の著書『女らしく』を読んで、心底イヤな気持ちになりました。

100年前に滅びたのであればまだしも、金子恵美(元)議員の件で、良妻賢母の考え方が今も婦人議員の中に、新聞記者の中に、あるいは自称フェミニストの中にさえも生き続けていることを実感してうんざりします。

しかし、棚橋絢子は特別おかしい人であって、他はこれほどひどくはないかもしれないとわずかに期待をして他の女学校関係者のものも読んでみましたさ。

嘉悦孝子という人物がおります。東京高等女学校出身ではないのですが、棚橋絢子の生徒だったこともあり、その後、私立女子商業学校を創立。のちの嘉悦女子短大、現・嘉悦大学です。

棚橋絢子の次の世代として、しばしばメディアで発言していることでもあるので、この人の著書『怒るな働け』(大正四年)を読んでみることにしました(先に「舶来品禁止を主張する婦人教育家—女言葉の一世紀 66」でこの本から一部を取り上げていますが、時制が逆転してまして、こっちを先に書いてました。あの回を読んでもらうとわかりますが、ムチャクチャです。湯原元一による、事実や文献を踏まえた著書と大違い。しかし、世間一般には嘉悦孝子こそが支持されたのだろうと思います。事実、あちこちで名前を見かけます)。

最初に読んだのはあとがき的な「私の娘時代の回顧」です。顔が醜かったため(と自分で書いてます)、良妻賢母に反して世の中のことに興味を抱き、将来は学者になろうとして勉学に励みますが、女学校はキリスト教の影響を受けるとして父親に退学させられ、父親の経営する工場で女工をやりながらも夢を棄てず、十九歳で上京して学問を究めます。

やがて創設したのは日本初の商業女学校ですから、嫁入りのための箔としての学問ではなく、社会に出るための学問のはずです。醜女は社会進出するしかないとする棚橋絢子の教え通りと言えて、もしかすると、この人は生涯結婚しなかったのかも。

※嘉悦孝子はしばしば嘉悦孝と名乗ってますが、ここでは引用部分を除いて嘉悦孝子で統一します。昔の人たちは名前がアバウトです。筆名が本名と違うのは当然として、通称も変わるし、筆名もマイナーチェンジする。Aという名前だった人が、あるところからA′になり、さらにA′′になったり、戻ったり。宮武外骨のように意図してそれをやっていた人だけじゃなく、とくに奇をてらうわけでもない人の名前も変わります。平塚らいてうも本名は明で、平塚らいてうはペンネームのようでありながら、平塚明や明子でも原稿を書いていて、らいてうも平仮名だったり、漢字だったり。このことをわかっていればいいのですが、扇谷亮著『娘問題』(明治四五年)では平塚明子になっていて、そのことを知らなければ、中身を読んでも平塚らいてうだと気づけないかも。はっきりとはわからないですが、今ほどは戸籍上の本名というものを重視していなかったのではなかろうか。養子になる数も今よりずっと多かったでしょう。うちの父も幼い頃に、たいした理由はなく、遠縁の親戚が子どもがいないため、家が絶えるということから、よく知らないそこんちの養子になってます。家が絶えると言っても資産があったわけではなくて、ただの書類上の話。そのため、うちだけ親戚の中で苗字が違います。家とか血筋とかは重視しても、個人名はどうでもよかったんじゃないですかね。

 

 

女が尊敬されるのは主婦・賢母としての役割を終えた時

 

vivanon_sentenceこの章を読んで、棚橋絢子とは相当に違うことを言っているのだろうと期待して、頭から読み始めたのですが、全然ダメ、お話にならない。さすが棚橋絢子の弟子筋でした。

以下は第一章「身の安心と心の安心」より。

 

 

私しは或るお一人の老夫人を知って居りますが、その御夫人は今では多くのお子様がたや、お孫様がたに取り巻かれて、丸で世界の幸福の総てを、一人で集めてお出でかと斗りに、幸福に老後を楽しんでお出でありますが、併し其の老御夫人の若い時代の半生は、常に貧苦なお台所と奮闘なされたと云ふ事を伺ひました、御主人様の放蕩やら惹いては御家庭の貧乏の為に、御夫人の御苦心はお話にならなかったと申す事ですが、併し流石は昔堅気の武士の家庭にお育ちになった此の御夫人は、夫の家は戦死場所、子女の教育は己の責任と、種々なる悪戦苦闘を続けられまして、夫の事は固より家庭全般に至るので、永の月日の間少しも小言を口にせずにお支へになりました其功は、今日の幸福が其の値であると伺ひました、詰り今日の苦しみは他日の希望となり、一つの愉快となったのであります。

 

 

これが女の幸せなんだとさ。それで幸せを感じられる人はいいとして、堪えに堪えてそのまま死んでしまったり、夫に放逐されたりした妻はどうするよ。

 

 

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