防止策の定義は判定基準にならない—セクハラって何?[4]-(松沢呉一)-3,610文字-
「人事院の「懲戒処分の指針について」を読むべし—セクハラって何?[3]」の続きです。
なぜセクハラの定義はゆるゆるになったのか
他にも、ただ誘いかけただけではセクハラにはならないように配慮した文言が入っている定義はあるのですが、おおむね公開されている大学のガイドラインはゆるゆるです。
企業よりも大学が公開している例が多く、ネットでセクハラの定義を検索すると、こういうものがひっかかってしまい、これがセクハラの定義だと勘違いする人を生み出しています。
規則としての体裁が整った「人事院処分規則」に比して、あまりにアバウトなガイドラインが拡大した理由はどこにあるのか。
理由は大きくふたつあると思います。
「人事院処分規則」と、一般に大学が公開しているガイドラインとは意図が違うものですから、これをそのまま比較することはできないのです。
ゆるゆるのガイドラインの手本はおそらく人事院です。人事院が悪いのではないので、誤解なきよう。
懲戒処分の方針はどの省庁にも適用されますが、文科省は学校向けに別のガイドラインを作ります。これは男女雇用機会均等法で雇用者がセクハラに対応することが義務づけられたことによるもので、その際に手本にしたのは人事院が出した「セクシュアル・ハラスメントの防止」(人事院規則10-10)という文書だと思われます。これが大学のガイドラインのもとになったと見ています。
ここでのセクハラの定義は以下。
(定義)
第2条 この規則において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。1.セクシュアル・ハラスメント
他の者を不快にさせる職場における性的な言動及び職員が他の職員を不快にさせる職場外における性的な言動2.セクシュアル・ハラスメントに起因する問題
セクシュアル・ハラスメントのため職員の勤務環境が害されること及びセクシュアル・ハラスメントへの対応に起因して職員がその勤務条件につき不利益を受けること
シンプルです。この規則を最後まで読んでも、「どこからセクハラか」「どうなったらセクハラか」はわかりません。これだけを読むと、「職場における不快な性的な言動はすべてセクハラ」と思ってしまう人が出てきましょう。「私は不快なので、あの言葉はセクハラだ」と思えてしまうのもやむを得ないかもしれない。
しかし、これはその行為がセクハラか否かを判定するためのものではありません。ざっくりこういう行為をどう防ぐのかを述べた規則ですから、ここでの定義はアバウトでいいのです。
※一例として明治大学を見てみました。「明治大学セクシュアル・ハラスメントの防止等に関する規程」というしっかりしたルール作りをしていますが、これは男女雇用機会均等法に基づいて学校側の責任を果たすものであり、防止策ですから、定義はゆるゆる。この中にある対策委員会が最終的な判定をするのでしょうが、そこでの基準はブラックボックス。
判定基準と防止策とは違う
ゆるゆるの定義をふりかざす人たちがいるのは、処分のための規定と防止のための規定とを混同しているためではないか。
セクハラだとそれだけでバイアスがかかってしまう人たちがいますので、別のことに置き換えてみましょう。
私が出版社の総務部にいて、著作権対策を担当することになるとします。
第一に編集者自身が、または編集者が依頼した著者が著作権侵害をやった場合にどう処分するのかの基準を決定します。出版社の場合、著作権法とは必ずしも合致しないルールが必要とされることがあるので、参考資料の記載のように著作権法では規定のない行為までを挙げて、何をしたら減給になり、何をしたら訓告になるといった罰則を決定します。外部については出入り禁止など。その場の思いつきで処分を決定していいわけがないですから。
第二に会社がやるべき施策として防止策のためのガイドラインを作り、著作権に関する相談窓口を設置する、新入社員向けのセミナーを実施するなどの新たな制度を設けます。
第三に編集者に向けての防止策を打ち出し、文書にして公開します。著作権を理解するための基本書を推薦し、依頼する書き手が過去に著作権侵害をやっていないかどうかを調べ、怪しい文章があったらすぐに総務の相談窓口に持ち込むといった策を出し、「著作権侵害があったら大損害なので、本作りは丁寧に」といった心構えを定めます。
この会社の著作権侵害の判定基準は1です。ここでは定義は厳密でなければいけません。
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