松沢呉一のビバノン・ライフ

東京オリンピックで消えた連れ込み旅館の街—千駄ヶ谷を歩く(上)-[ビバノン循環湯 360] (松沢呉一) -3,267文字-

Facebookに書いたように、この一週間ほど、ホワイトハンズ・シリーズへのアクセスが増えてました。

更新した直後のアクセスが多い記事はのちのちまで検索で入ってくる人が多く、対して更新時のアクセスが少ない記事はそのまま消えていく傾向があって、あのシリーズは更新時もあまり読まれず、その後はPVが限りなくゼロに近くなっていました。

たいした数ではないとは言え、今になって更新時とあまり変わらないくらいのアクセスになるのは異例です(全回合わせても100PVに満たないとあそこには書きましたが、もっと行っている日もあります)。

それもすでに落ちて、またまた限りなくゼロに戻りつつあります。それに代わって、ここ数日アクセスが増えているのはオリンピック関連です。「ビバノン」のオリンピック関連の記事は、オリンピックと脇毛の関係について書いた記事オリンピックとセックスの関係について書いた記事人口比でメダル数を比較する記事など、どうでもいいものばっかりですけど、この時期は検索する絶対数が多いので、うっかりクリックする人が増えるのです。

「そういうことなら、平昌オリンピック期間中に関連のネタをまた循環しておくか」と思って、自分の原稿を検索したら出てきたのが千駄ヶ谷の昔話でした。八年ほど前にメルマガに書いたものです。平昌オリンピックとはなんの関係もないですが、前回の東京オリンピックで消えた連れ込み旅館街と、ドヤ街から売春街へと変貌した時代の新宿旭町との記録として貴重な内容かと思います。

※平昌オリンピックスタジアムはこのSSの方角にあるのですが、ストリートビューではこれ以上近づけないよう。他の競技場がそうしているように、スタジアムの中まで見せればいいのに。

 

 

 

千駄ヶ谷の連れ込み旅館

 

vivanon_sentence昭和30年代の雑誌を読んでいると、「千駄ヶ谷の旅館街」「千駄ヶ谷の連れ込み宿」といった表現をよく見かけ、そこで働いている女中が書いた本がヒットしたこともある(これについては後述)。

ドヤ街であった新宿旭町(現新宿四丁目)の南側は渋谷区千駄ヶ谷五丁目になる。おそらく千駄ヶ谷までドヤ街が続き、その一部が連れ込み旅館に転じた。その時に、「旭町の旅館」というとイメージが悪いため、旭町にあった旅館も「千駄ヶ谷の旅館」と自称したのだろうと私は以前から推測していた。

その場所を同定するために、千駄ヶ谷五丁目を歩き回ったことがあるのだが、その時はそれらしき痕跡が見当たらなかった。しかし、見逃しただけかもしれない。

そう考えて改めて千駄ヶ谷五丁目を歩いてみた。明治通りから裏通りに入ると、今も古い民家やアパートは残ってはいるが、やはり旅館らしき建物は見つからない。

この辺りはちょっと歩くと新宿御苑にぶつかるので、東西の幅はそれほど広くなくて、歩ける道も多くない。選択肢のない道をとぼとぼ歩いていたら、点々と店が連なる通りがあった。その突き当たりに近いところに古いお菓子屋がある。中を覗いたら、おばあちゃんがいる。部屋の奥にあるテレビを見ているようだ。

「ちょっとよろしいですか」

おばあちゃんは怪訝そうな表情でこちらに顔を出した。

「昔、この辺に連れ込み宿街があったらしいんですけど、どの辺かご存知ないですか」

「ああ、ありましたよ。こっちじゃなくて駅の反対側に、ラブホテルがズラーっと並んでいたんですよ」

おばあちゃんは「旅館」ではなく「ラブホテル」または「ホテル」と言う。そのため、私もこれ以降は「ホテル」と言ったり、「旅館」と言ったり。

「えっ、あっち側なんですか?」

「津田塾大学ってあるでしょ。津田ホールとか。あの裏側ですよ」

思いも寄らぬ展開である。私はとんだ勘違いをしていたようだ。

※Googleストリートビューよりアルペンシアスキージャンプ場。外から入ることはできず、移動もできないですが、ジャンプ台の下にスポットがあります。

 

 

三宅ますみ『鍵穴の中』の舞台だった街

 

vivanon_sentenceお菓子屋のおばあちゃんは私にこう聞いてきた。

「その話はどこでお聞きになったの?」

「昭和三十年代の雑誌を読んでいると、よく出てくるんですよ。女中さんが書いた本も出ていたし」

最初は硬い表情だったのだが、すぐに相好を崩して、あちらから好奇心を露にして矢継ぎ早に質問をしてきた。

「それはなんていう本?」

「えーと、タイトルは忘れてしまいましたけど、同じ人が書いたものが何冊か出ていますよ。その宿で働いていた女中さんが見たり聞いたりしたことを書いた本で」

 

 

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