松沢呉一のビバノン・ライフ

痕跡は性病科だけか—千駄ヶ谷を歩く(下)-[ビバノン循環湯 362] (松沢呉一) -3,511文字-

子どもは行ってはいけない旭町—千駄ヶ谷を歩く(中)」の続きです。

 

 

 

銭湯も消えた

 

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おばあちゃんは足が悪いようで、外には出てこず、指で示しながら、こう言った。

「そこにPというマークが出ているでしょ」

道路に出てみたら、五十メートルほど離れたところにPの看板が出ているのが見える。

「ああ、ありますね」

「あそこが銭湯だったんですよ。旅館にお風呂がないので、若い人たちがその銭湯まで入りにきていた」

「へえ。ここまで」

「五分くらいだから、近いものですよ」

旭町の旅館は商人宿として生き延びていて、若い人たちが泊まることはあまりない。おそらくおばあちゃんが言っているのは、相模屋支店という旅館だろう。ここの看板には「ユースホテル」とある。「ユースホステル」ではなく、「ユースホテル」。ユースホステル協会には入っていないので、パチモンである。それでも若い人たちが泊まりに来るようだ。支店というのも、大きな宿だと見せかけるためのウソだったりするのかも。

「銭湯がなくなったので、シャワーをつけたって言っていましたよ」

「もうこの辺には銭湯を使う人もいないんだ」

「いませんよ。マンションにはお風呂があるし」

銭湯は総武線の南側、話に出てきた千駄ヶ谷大通り商店街のさらに南にある鳩森商店街にあるだけだ(※ここも2017年に廃業)。

「この辺には旭町のような旅館はなかったんですよね」

「ここは小学校があるから、そういうのはできなかったの」

ここから二十メートルほど離れたところに、鳩森小学校がある。

※Googleストリートビューより、東京オリンピックのバナーが貼り出された鳩の森小学校

 

 

消えた地名・残った地名

 

vivanon_sentence私は以前探しに来た時のことを話した。

「てっきり千駄ヶ谷の連れ込み宿街は、旭町の流れで、この辺にあったのかと思って探していたんですよ」

「いや、それはあっち側。旭町は赤線。旭町はラブホテルじゃないから、男の人と女の人が泊まる場所ではなかったんですよ」

「最初から女の人がいるわけですね」

「そうそう。私も話を聞いただけで、よく知らないけど」

「高島屋の前に一軒だけ旅館が残っていましたよね」

「ああ、ありましたねえ。あれもいつの間にかなくなっちゃったけど」

タカシマヤタイムズスクエアが完成した時にはまだあったのだ。

「今日は雑誌の取材じゃないんだけど、前に雑誌の仕事で、あそこに昔の話を聞かせてもらいたいって言ったら、冷たく断られました」

「そりゃあ、あの辺の人たちは昔の話はしたくないでしょう。あの裏側で、ビジネスホテルにしたところもあったけど」

「それはまだありますよ。今は営業していないみたいだけど」

スタジオペンタの前のビジネスホテルである。

 

 

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