松沢呉一のビバノン・ライフ

焼け跡時代のサーカス団悲話—カストリ新聞「話題」より-[ビバノン循環湯 380] (松沢呉一) -2,317文字-

「スナイパー」の連載です。不適切な言葉が使用されていますが、歴史的な表現として、そのままにしておきます。

 

 

 

花園サーカスの吉松の物語

 

vivanon_sentence大阪のカストリ新聞「話題」の6号(昭和23年5月5日発行)の4面に「裸女の肉に鞭は唸る 目を蔽う不具の頑な 寧ろ悲惨な一寸法師の恋」という、とても悲しい話が出ていました。

カストリ新聞はいい加減な記事も多いわけですけど、私が読んだ範囲では、この「話題」はまったくのウソ話は書いておらず、脚色はあるにしても、おそらく実話でしょう。

舞台は、戦後の焼け跡で娯楽に飢えた人々を楽しませた「花園サーカス」。こういうサーカス団が実在した記録は見いだせていませんが、戦争が終わってサーカス団が乱立していたため、短期で消え、記録されず、記憶もされてないのかもしれない。

「花園サーカス」には猛獣使いの吉松という小人がいました。四尺もない身長と醜い顔のため、三十五歳になっても女に縁がありません。

吉松は、サーカスにはなくてはならない存在ですが、いくら客が入っても、欲望のやり場がない吉松は不機嫌です。そこでサーカス団員は、吉松が落ち着いて仕事に集中できるようにと、大阪のキタで公演をしている時に、結婚相手を探します。

 

 

吉松の嫁探し

 

vivanon_sentence最初はサーカス団員の女たちに話を持ちかけますが、「猛獣と結婚すればいい」と誰もてんで相手にしません。

続いて、外の世界に相手を探します。やがてお時という三十七、八の女を見つけます。詳しくは書かれていませんが、なんらかの事情でこの歳まで結婚できていないか、なんらかの事情で結婚に失敗したのでしょう。

隆造という団員の手引きで二人は顔を合わせることになりますが、事情を聞かされていなかったのか、お時は吉松を見るなり表情を硬くさせて、黙りこくってしまいます。

そんなことには目もくれず、吉松はお時を連れて自分の部屋に行きます。間もなく隆造は異様な気配に気づいて、慌てて吉松の部屋に飛び込みました。そこには縛られて、脅えるお時と、鞭を手にした吉松がいました。

隆造が「どうしたんだ」と聞くと、吉松は「逃げようとするからだ。もう逃がさんぞ。お前は俺のオカミサンだ」と泣き崩れました。

タイトルと違って、実際に鞭を使っていたわけではなく、あくまで脅しだったよう。さすがに猛獣用の鞭は人に使えないでしょう。

隆造はお時を帰して、「他にもいる」と朝まで吉松を慰めました。

※Goya「A dwarf (Un enano)Portrait of Sebastian de Morra

 

 

ついにめでたく結婚

 

vivanon_sentence間もなく次の女がやってきます。お愛は四十二歳。戦災で夫と子どもを失い、掃除婦をしたり、浮浪者になったり、世の辛酸をなめてきた女です。お愛は吉松の境遇に自分を重ねるところがあったのか、結婚が成立。

 

 

next_vivanon

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