松沢呉一のビバノン・ライフ

良妻賢母主義は生きている—勘で読んだ辛酸なめ子著『女子校育ち』(5)- (松沢呉一) -3,510文字-

選別されることでの均質性—勘で読んだ辛酸なめ子著『女子校育ち』(4)」の続きです。

 

 

 

良妻賢母教育は今も続く

 

vivanon_sentence女子校育ちに書いてあった話ではないのですが、偏差値の高い女子校ではすべてが成績や大学受験に収斂されていくため、その邪魔になるような男女交際や夜遊びは嫌うとしても、受験や社会進出にとって邪魔でしかない良妻賢母教育なんてことはやっておらず、「女子校=良妻賢母教育」は昔の話とも言われています。

しかし、これはあくまで受験重視の学校であり、そうではないお嬢様学校では脈々と良妻賢母教育がなされているらしきことを女子校育ちで知りました。

 

 

お嬢様度が高い女子校の生徒は、皆普通に恵まれていて生活レベルが似通っているようです。親も専業主婦で、子どもの頃から「良い旦那様を見つけるためには、良い学校に入って良い就職をしなさい」と言い聞かせていたりするのです。そのため、雙葉学園や白百合学園などのカトリック系お嬢様学校は進学実績がとても高く、その後も大企業に就職していたりするのに、せっかくの頭の良さを生かさずにわざわざ事務の仕事を選んで、高収入の男性を見つけたらさっさと結婚退職してしまう人もいるそうです。経済力の足りない男性と結婚して生活レベルを落としたくない人はパラサイトシングルのまま……。いっぽう、いつまでも働いている人は「いつも何時に寝てるの」「働いていて大変ね」と、哀れまれてしまうのです。学習院女子の卒業生が就職活動していたら、お嬢様育ちの母に「何で就職活動なんてするの? お金が欲しいの?」と問いつめられたとか。多くの学習院OGには「生活のために働く」という感覚はないようです。

 

 

明治時代の女学校から脈々と続いてきた「就職は花嫁修業」という考え方は成立しにくくなっていて、2000年代に入って以降、花嫁の教養を教えてきた女子大の人気は露骨に下落しています。それでも、そういう家庭、そういう学校、そういう個人が消え失せたわけではないみたい。

この引用文にあるように、娘は自立したいと思っているのに、「よき時代」を生きてきた母親が足を引っ張る世代間闘争がなお繰り広げられている家庭もあるのでしょう。

こういう母親は当然専業主婦です。女が働くことは恥ずかしいことだと思っています。それどころか、自身で買物に行くことを恥ずかしいと思っている人たちは今もいるのかも。

この辺の描写は戯画的ではありますが、リアルでもあります。

学校がいくら自立だの、社会進出だのと言ったところで、また、企業がいかに男女等しく扱おうとしたところで、家庭がこうではどうにもならない。

親の思惑、親の見栄や体裁で進路を決められてしまう。お嬢様じゃなくても、そういうことがあるので、まして箱入り娘だとそうなりやすく、なおかつ反抗もできないように育てられているでしょう。家を出て水商売や性風俗で一度働けばいいのに。

家庭が変わらないから、そこから脱するための女子校が必要とも言えます。その家庭の要望に沿うような良妻賢母教育では意味がないわけで、その意味がない教育を今も続けている学校があるってところまでしっかりとらえているのが辛酸なめ子のいいところ。

※Googleストリートビューより。白百合学園がどこにあるのか知らなかったのですが、靖国神社の脇なんですね。今度見てこよ。

 

 

今も続くスラット(あばずれ)否定教育

 

vivanon_sentence上の引用文には、その先をほの見せるエピソードが続いています。

 

 

 

東京純心女子では校名にたがわず純潔教育が徹底しています。なぜかおじいちゃん教師が、生徒を理科室に集め「いかに男は野獣か」ということをレクチャーしてくれるそうです。中三になった時に観せられる純潔啓蒙ビデオは、女性が外出時に口紅を塗るシーンから始まります。真っ赤な口紅をヌラヌラと塗りたくる若い女。家の窓が少し開いていて、下卑た笑いを浮かべた男がじっと覗いていることも知らずに…。彼女はそのまま後をつけられ、周りに人気がなくなった瞬間、森の中に連れ込まれてレイプされてしまうのです。(略)その先生はうるさいことを言う割に、硬派なところが生徒に受けて毎年バレンタインはチョコレートを山のようにもらっていたそうです。高校生男子の危険性を生徒に刷り込み、老け専にしてしまった老教師の功罪ははかり知れません。

禁止事項は学校によってさまざまで、一つ結びはうなじが見えるのでダメだったり、体育の授業がある日は黒と赤の下着は禁止だったり(先生も男だから、という理由で)、膝の裏側はいやらしい気持ちにさせるのでスカート膝下丈を徹底したり……といった例を聞くと、そういう決まりを作る先生こそいやらしい目で生徒を視姦しているでは? と思えてきます。

 

 

 

たしかに。

たぶんこれは頑冥な教師が「男はそういうもの」という前提から作る規則なのでしょうし、社会においても、そういったはしたない格好をしてはならないことを学内でも教えていくってことでしょう。

 

 

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