松沢呉一のビバノン・ライフ

浜田栄子と野口亮の復讐—浜田栄子はなぜ死を選んだのか(5)-(松沢呉一)-3,953文字-

報道が激化した事情—浜田栄子はなぜ死を選んだのか(4)」の続きです。

 

 

 

野口亮の著書『逝ける栄子の為めに』

 

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椒魚生著『浜田栄子恋の哀史』に、野口は背任横領で尾越弁護士を訴えたと書かれている。野口には告訴する資格はないので、告発ってことか。栄子名義の土地や建物を栄子に無断で売ったことやその金額にまつわる疑惑が根拠である。利害関係のある当事者以外が告発できるのかどうか疑問だが、裁判になったのであればその結果を知りたい。

また、捷彦はこの翌年に帰国することになっていて、捷彦がどのような発言をしたのかも知りたい。それぞれの登場人物がどうなったのかも知りたい。

浜田栄子、浜田病院で検索してもこれ以上のことはわからないため、国会図書館で、野口亮を検索してみた。さほど珍しい名前でもなく、著名人というわけでもないため、ここまで検索してなかったのである。

野口の著書『逝ける栄子の為めに』(大正十年)が出てきて歓喜した。タイトルでも目次でもただ「栄子」になっているため、浜田栄子ではひっかからなかったわけだ。

これは手記「涙の足跡」に手を加えて単行本化したものと思われる。言葉の端々に怒りが込められており、まさにこの一冊は栄子が遺書で託した「復讐」なのである。

以下は序文より。

 

 

「血で血を洗ふ」は如何に浅間敷く、亦如何に、不見識であるかを私は知ってゐる。栄子の最後の願望たる「死の真相を発表して如何に私共が潔白であるかを世の人々に知らせて下さい」この事は当然果たすべき私の使命で、亦栄子への唯一の慰藉(いしゃ)である。併し、斯くすることは「血で血を洗ふ」ことになるので、私は今日まで敢えて躊躇逡巡した。

さりながら、浜田家側の態度を見るに、松浦博士、佐伯ドクトル、尾越弁護士等の顧問等は、社会的地位と名望とを利用して、奇怪にも、各自の立場を擁護し、事の破綻を弥縫し、私共を陥れんがために、事実の捏造にあらざれば、虚構の言を流布し、恰も、黒を白となさんとするが如き奸手段に、汲々乎として努力されたのである。これ明白には私共に対する挑戦ではあるまいか。

また如何に、那智に長じ、詭弁強弁を弄すと雖も、何より二通の遺書が有力に裏書する如く、栄子は尾越氏を当面の敵として、復讐を叫びながら悶死した。由之観是(これによりてこれをみれば)、少なくとも、尾越氏は栄子を死に誘ふた一人である事は、明々瞭々である。

(略)

然るに、尾越氏は、最早死して一言弁解の辞なき栄子に向って、哀悼憐慰の情も漏さず、ただ、口を極めて、死は自暴自棄なりと罵り、或は、狂言自殺と誣(し)ひ、援(ひ)いては亡伯父の徳までも毀傷するに至った。

私は拱手して対岸の火災視することは出来ない。私は意気に生きる男子である、を失してはならぬ。栄子の仇敵に一矢を報ゆるためには、「血で血を洗義ふ」惨さを演ずるとも事此処に至りては致方ない。

 

 

「血で血を洗義ふ」の「義」の意味と読みは不明。遺書二通というのはいずれも野口に宛てたもの。

この本は大正十年(1921)十月一日発行。ここまで見てきた本より二ヶ月から三ヶ月遅れているのは、商科出身の野口は文章を書き慣れていなかったことだけでなく、栄子が亡くなったことの痛手ももちろんあったろうし、新聞紙上でのバトルや取材が殺到したということもあったに違いない。そして、ここに書かれた躊躇もあったろう。しかし、ここでためらっていたのでは栄子の遺志を果たせない。

※旧文化学院校舎の入口

 

 

尾越辰雄弁護士の悪辣さ

 

vivanon_sentenceこの本を読むと、尾越弁護士は思っていた以上に悪辣で、捨子は尾越に操られていることがよくわかる。ただし、以下紹介していく話はあくまでこの本に書かれていることであり、事実か否かは不明であることをお断りする。

この本では、尾越弁護士が権謀術数を弄して玄達らに取り入っていく様も詳述していて、捷彦が放蕩をするようになったのは、尾越弁護士が浜田家に入ってきたことがきっかけであり、捷彦は精神を病んで入院している。放蕩は家の財産を狙う尾越弁護士と、母親に対する反抗だった模様。

捷彦が尾越弁護士を信用していないことを明言している手紙も公開している。これは尾越弁護士が土地建物を売り払うことに強く反対する意思を米国から表明した内容で、捨子に宛てたもの。この手紙は栄子が実家から持ち出して野口の手に。

また、尾越弁護士が、犯人が野口であるかのように喧伝した盗難事件は、警察の取り調べの結果、捷彦であることがほぼ確定しながら、不問になったものであった。

はっきりとは書いていないのだが、おそらく犯人が捷彦であるとわかってきたところで、捨子が被害届を取り下げたのだろう。

 

 

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