松沢呉一のビバノン・ライフ

尾越辰雄の名前が消えた—浜田栄子はなぜ死を選んだのか(10)-(松沢呉一)-3,870文字-

浜田栄子の騒動から砂利喰ひ事件へ—浜田栄子はなぜ死を選んだのか(9)」の続きです。

 

 

 

 

昭和に入ってどう記述されているか

 

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いつの時代も、事件は消費され、消費された事件は結末がわからないまま忘れ去られていく。それから十年二十年経って、「あの人は今」といったテレビ番組や記事で紹介されて、やっと結末とその後の展開を知ることは多い。

前回見たように、この辺の事情は当時も変わらないようで、だとすると、大正期に書かれたものを読んでもわからない可能性が高く、もっとあとの時代のものを読めばわかるかしれない。直後であれば「もう腹いっぱい」ということにもなるだろうが、時間が経てば、その後のことまで調べたくなるはず。

国会図書館で検索したところ、「明治大正実話全集」第九巻・長谷川伸著『義理人情実話』(昭和四年)が浜田栄子を取り上げていることがわかった。しかし、これはネット公開されていない。著作権は切れているのだが、復刻でもされていて、非公開なのかもしれない。

この全集は全巻所有していて、松崎天民や平山蘆江による巻は読んでいるのだが(「私娼に負けた公娼-娼妓と芸妓の地位が逆転した事情 1」に出てくる松崎天民著『裏面暗黒実話』はこの全集の一冊)、『義理人情実話』は未読。うちで探すのが困難なため、京都の古本屋が売りに出しているのを見つけて注文した。

※明治大正実話全集は全十二巻で平凡社発行。面白い内容にもかかわらず、なぜか古書価格は非常に安い。大手出版社の全集のため、部数が多かったのと、全集ごと保存された部数が多いためかもしれない。今回は、箱がついていると書かれていなかったのだが、送られてきた本には、傷みがあるとは言え箱がついていて1,200円。新刊を買うより安い。箱は背の文字が違うだけでデザインは全巻同じ。

 

 

野口男三郎の妻と娘

 

vivanon_sentence注文から数日後に届いたこの本をさっそく読んでみた。二十一編収録され、野口男三郎の「臀肉事件」も出ている。

これを扱った「野口男三郎の妻と娘」は、事件そのものは判決文を紹介してさらりと触れるのみで、どこまでが男三郎の犯罪で、どこまでが冤罪なのかについて長谷川伸は何も述べておらず、主題は妻の曾恵子と娘の君子のその後であり、これが重苦しい。本題に入る前に、これに触れておく。

稀代の犯罪者の家族ということで、逮捕直後から曾恵子と君子は迫害を受け、家にも住めなくなった。偽名を使って家を借りてもどこからともなくばれて追い出され、偽名を使ったことも追い出しの理由になる。君子は「人殺しの子」と学校でいじめられ、短期で転校を繰り返し、事前にそのことを知ると入学を拒絶する学校さえもあった。学校は受け入れても、家を追い出されて、また転校を強いられる。

君子はそんな環境でも成績が優秀で、東京府立第一女学校(現・東京都立白鴎高等学校)を受験し、トップの成績で合格するが、男三郎の娘であることが学校に知られて、入学を拒否されてしまった。

しかし、事情をすべて知りながら、山脇女学校の山脇房子校長は受け入れてくれることに。教員たちも彼女に同情して接してくれていたのだが、ここでもやがてそのことが生徒たちにばれて、ひどい虐待を受ける。

それまで母の曾恵子や祖母は、君子に男三郎が戦争で死刑にされたなどとごまかし続けていたのだが、やがて君子はそこに何かあることを察知し始めた。

ある日、山脇女学校の生徒が当時の新聞記事を見せて、君子はすべてを知り、ショックのあまり、その場で卒倒。その晩から高熱を出し、医者が診ても原因がわからず、病名がつかないまま五日後に死亡。十六歳であった。

曾恵子も死ぬことを考えるが、祖母を一人残すことができず、信仰の生活に入った。事件から二十年間で百回近く住む場所を移転した事実だけでも、その苛酷さが理解できようかと思う。

 

 

長谷川伸でも調べられなかった?

 

vivanon_sentence600ページを超える大部の本の中で「浜田栄子の死」には80ページも割いている(前回出した図版はその章扉)。この全集では、書き手によって「実話」の扱い方が違っていて、この巻では、長谷川伸らしく、会話までが再現されていて、小説風の手触りになっている。

事実関係は押さえているが、十三歳から野口との情交は始まっていたという、尾越弁護士が流した話を採用しているのは話として面白くするためか、それとも野口の主張を読まずに書いたのか。

 

 

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