松沢呉一のビバノン・ライフ

浜田家と矯風会との関係—浜田栄子はなぜ死を選んだのか(11)-(松沢呉一)-3,564文字-

尾越辰雄の名前が消えた—浜田栄子はなぜ死を選んだのか(10)」の続きです。

 

 

 

尾越辰雄は関東大震災のあった月に死去

 

vivanon_sentence尾越弁護士は大正十二年(1923)に死去している。関東大震災の年。満で五十五歳だから、この当時としても相当に早死にと言っていいだろう。九月二十一日とあるので、関東大震災で負傷してやがて亡くなった可能性もあるが、詳細は不明。栄子に祟られて死んだに違いない。

以下はWikipedia

 

 

 

 

野口亮著『逝ける栄子の為めに』では代議士であった経歴については触れておらず(見逃した可能性もあるけれど)、他の本でも軽く触れているだけで、代議士として何をしていたのか不明。おそらく特記するような業績は何もないのだろう。

第十二回衆議院議員選挙は大正四年(1915)三月二五日実施されて当選。第十三回衆議院議員選挙は大正六年(1917)四月二十日に実施されており、尾越辰雄は落選。しかし、この時当選した江藤哲蔵が選挙違反のために辞職して、同年九月九日に補欠選挙が行われて尾越辰雄が当選。これは官報でも確認できた(左のSS)。解散は大正九年(1920)二月二六日。

大正四年三月から同九年二月まで、半年弱のブランクがあれども、尾越辰雄は間違いなく国会議員であった。浜田玄達が亡くなったのは大正四年(1915)。栄子が自殺したのは大正十年(1921)。自殺騒動があった段階では元・議員でしかないとしても、玄達の死後、浜田家に尾越弁護士が入り込む間とほとんどかぶっている。忙しかったはずの国会議員が何をしているんだか。

告訴を持ちかけた石川善盛は立憲政友会であり、尾越辰雄は立憲同志会。この辺の政党の関係は複雑でよくわからないのだが、対立関係にあったことは間違いない。土地を売却したのは大正八年(1919)十月なので、話を持ちかけた頃はまだ議員だった可能性もあり、その関係から告訴を提案してきたのかもしれない。野口が乗り気ではなく、告訴が実行されないまま尾越は議員ではなくなって、石川善盛も告訴する意味をなくしたか。

いずれにせよ、昭和になってからの本でも尾越弁護士に配慮したのは解せない。死後も誰かがなにかしらの力をかけていたのか、生前の尾越弁護士の施した対策がそれ以降も残ってしまったのか。もはやこれも判断ができない。

 

 

矯風会と廓清会に寄付

 

vivanon_sentence私が浜田栄子の自殺についてひっかかった理由は、この死はただ「結婚に反対されて絶望した」というありがちな自殺ではなかったことに気づいたことが大きいのだが、小さな理由のひとつとして矯風会の名が出てきたためでもある。

栄子が亡くなったあとの六月三十日、ステ、尾越らの連名で、栄子の死に関する措置として発表された文書の中にこんな一文があるののだ。

 

 

第三條 浄心院追善の為め婦人矯風会、廓清会へ各一千円を寄附す

 

 

唐突である。娘にも野口にも一銭たりとも渡さないという姿勢だったのに、亡くなった途端に計二千円もの金をポンと寄付。今で言えば二百万円から六百万円といったところ。細井和喜蔵が死去してから高井としをが得た印税額と同じであり、標準的大卒初任給の三年分から四年分程度に相当しよう(何度も説明しているように、物価に比して当時の給与は安かった)。

尾越弁護士は三万円を着服した疑いがあるので、この程度は痛くも痒くもないし、この金とて、浜田家が出しているのだろうから、尾越弁護士の腹は痛まない。

廓清会は、吉原大火に乗じて矯風会と救世軍が中心になって結成された団体で、主導は矯風会だったが、安部磯雄など、大学教授や貴族院議員などが集まって、より広い活動を展開していた。「泉鏡花『恋女房』が見抜いた廃娼運動-『女工哀史』を読む 16(最終回)」「売春に対する蔑視の変遷-「吉原炎上」間違い探し 34」あたりを参照のこと。

浄心院は栄子のこと(「浄心院釈妙栄大姉」)。戒名があるくらいで栄子はクリスチャンではない。そもそもクリスチャンであれば自殺は避けるだろう(坂田山心中がそうであったように、クリスチャンでも自殺することがあるわけだが)。

野口によると栄子は浜田家を「廓清せねばならぬ」と言ったそうであるが、「廓清」はもともと政府や団体を浄化する意味で使用される言葉で、ここでの「廓」は「城廓」あるいはそれに類するエリアを意味するものだろう。

よって栄子がこの言葉を使ったのは、「言葉をよく知っている」という以上の意味はないのかもしれないが、廓清会のことを読むなり聞くなりして、この言葉を使った可能性もある。クリスチャンではなく、シンパシーを抱いた人もいないわけではあるまい。

※浜田栄子の墓

 

 

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