松沢呉一のビバノン・ライフ

母性保護と良妻賢母—勘で読んだ海老原嗣生著『女子のキャリア』(4)-(松沢呉一)-3,344文字-

社会を変革するのは理念か経済か—勘で読んだ海老原嗣生著『女子のキャリア』(3)」の続きです。

 

 

 

日本が出遅れた理由は経済の事情だけではあり得ない

 

vivanon_sentence「女言葉の一世紀」で繰り返し見て来たように、ヨーロッパにおいて女性の社会進出を実現した大きな契機となったのは欧州戦争でした。

この時の数字は一時的なものであり、その数字がそのまま維持され続けたわけではないにせよ、それを契機として女の社会進出を固定し、国によってはその流れで婦人参政権までを実現したのは理念があったからです(実際、ここは国によって大きく違うよう)。

長いレンジで見た時に、この点では女優の森律子が読み解いていた通りだったように見えます。社会進出が実現したのはその前から女たちの意思、広く言えば理念があったからであり、戦争はその契機でしかなく、揺り戻しはあるにしても、元には戻りにくいのだというのが森律子の見込みでした。

具体的には「女言葉の一世紀」でそのうち見ていくように、一方で、日本の婦人運動家の中には、女の能力も、意思や理念みたいなものもまったく評価しなかったのもいました。欧米での女性の社会進出は、戦争による要請に過ぎなかったとして、女の社会進出を否定しました。

火事になれば女でも箪笥を持ち上げられるが、通常は女には社会進出するだけの能力などないのだと。信じられないでしょうが、そう主張した婦人運動家が本当にいたのです(どういう論理でそうなるのか、どうしてそれが婦人運動家の主張なのかわかりにくいでしょうけど、下の方まで読んでいただくとわかるはず)。

日本でも第一次産業を超えて女の労働力が必要になったのは工業が発展し、資本主義体制確立が国是だったからです。また、太平洋戦争中に、女も戦争に貢献できる体制作りに婦人運動家たちが尽力して、これも女子挺身隊として実現しました。

にもかかわらず、なぜ戦後はかえって専業主婦が増えていき、かつては武家階級の作法だった「女は家事に専念する」という良妻賢母主義に近似したスタイルが広く浸透していってしまったのかと言えば理念がなかったからです。だから、自らそれを求めてしまいました。

婦人運動家たちにも理念がありませんでした。まったくなかったわけではないのですが、今現在に通じる理念、欧米に匹敵する理念ではありませんでした。

現実に数字を見ればわかるように、各国一律に就業率を上げてきたのではなく、別の経過で今の数字があるのであって、日本はただ欧米に遅れをとっているのではない。女たちも望んで「妻は家庭を守るべきである」とする数値を上げてきたのです。

※「My Soldier」 メトロポリタン美術館にあった第一次世界大戦時のポスター。一部が戦費に回される切手があって、その促進用と思われます。今回は戦争が女の社会参加、社会進出を促進することを示す図版で揃えてみました。

 

 

母性保護主義はフェミニズムなのか?

 

vivanon_sentence社会状況が整わないと、女性の社会進出、男女同権は実現しないのも事実。理念だけでは変わらない。しかし、経済だけでも変わらないってことだろうと思います。事実、日本がこの点で大幅に出遅れたのは理念がなかったからです。理念の代わりに、この国では道徳が支配していたからです。

すでに書いたように、『女子のキャリア』の著者である海老原嗣生氏も一人一人の意識が変革の壁になる局面があることは認めていて、今現在で言えば男の意識が変わらないことが壁になっていることを指摘しています。育児は夫も担当する意識が足りない。

その意識の足りなさを作り出している要因は何か。

海老原氏は女性運動の歴史にも精通しているっぽくて、『女子のキャリア』の中で、母性保護論争にコラムの形で触れています(精通していなくても、ここまでは一般常識、一般教養ですけど、この辺さえ理解していない自称フェミニスト、平塚らいてうさえ読んでいない自称フェミニストがいるので困ってしまいます)。

平塚らいてうや与謝野晶子はもちろん、エレン・ケイの名前も出して(エレン・ケイと母性保護論争との関係については「母性保護論争とエレン・ケイ—共感できるフェミニスト・共感できないフェミニスト 8」を参照のこと)、その内容をざっと説明した上で、以下のように述べています。

 

 

母性尊重は、一見フェミニズムに通じるが、しかし、この論の延長に「だから育児は女性」という男性の責任回避があるように思えてならない。

 

 

ちゃんと見てますね。

平塚らいてうの時代から、もう一度この国のフェミニズムの歴史をとらえなおし、道徳から抜けられなかったことを批判し直した方がいいとずっと私は主張しています。それをやらないと内面化した道徳から脱することができない。

 

 

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