松沢呉一のビバノン・ライフ

パブリシティ権は主張できる余地があるかもよ—KaoRiとアラーキーの件から考えたこと(2)-(松沢呉一)-3,186文字-

契約書は絶対ではない—KaoRiとアラーキーの件から考えたこと(1)」の続きです。

 

 

 

同意書不要のケース

 

vivanon_sentenceFacebookの投稿で、路上の撮影においては同意書をもらうようになっていると書きましたが、これは相手がどこの誰かもわからず、信頼関係のないところでの無償の撮影だからです。「ちょっとした撮影」だからこそ怖い。素人さんはあとで何を言い出すかもわからないので、撮影と公開の同意の証拠を残しておく。

テレビの制作会社が作成した実物が手元にありますが、再放送までが同意範囲ですので、別番組では使えないよう。街頭取材のようなものは他で使わないでしょうしね。

一方で、ギャラを払う場合は同意書なんてないこともよくあります。道で見かけた一般の人ではないタレントなのに、なぜ契約書も同意書もなくて済むのか不思議じゃないですか?

 

 

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