松沢呉一のビバノン・ライフ

見てはいけないものを覗きたいマニアを覗くマニア-[ビバノン循環湯 394] (松沢呉一) -2,502文字-

東スポの連載に書いたものを2本合体させました。

 

 

見てはいけないものを見てしまう

 

vivanon_sentence初期変態雑誌のひとつ「風俗科学」(第三文庫)昭和29年4月号に、「便所マニヤ」を描いた本郷丘太「アプレ窃視狂」という一文が出ている。迷路の中に迷い込んでいくような不思議な味わいのエッセイである。

戦後間もなくのこと。筆者はひょんなことから、便所の覗きをやっている青年と知り合う。相手は同好の士と勘違いしたらしく、それをいいことに筆者は穴場情報を聞き出し、物書きの好奇心から、ノゾキをする人たちの観察を始める。

今まで意識していなかっただけで、いたるところにノゾキはいて、時にはノゾキをする男の背後の個室から、その様子を観察。ノゾキを覗くわけだ。

ある日、青年から教えてもらった大塚の映画館に行って覗いてみたところ、細い女の足が見えた。よくよく見たら義足であった。

見てはいけないものを見た気がして目を背けたのだが、ここから筆者自身が、ノゾキ自体に取り憑かれていく。見てはいけないものを見ることの快楽こそがノゾキの快楽なのであった。

写真も出ているのだが、戦後間もなくの公衆便所は薄い板一枚で仕切られているだけで、容易に穴が開けられ、それを補修するための板が大量に張られている。よくこんな便所で女たちは用を足したものだと思うが、それしかないのだから仕方がない。

やがてはこれが厚い板となり、モルタルとなっていく。そこでマニヤたちはノコギリやキリ、ナイフなどを使ってそこに穴を穿つ。

しかし、覗ける便所が減ったことによって、自分が開けた穴がすぐに他の人にとられてしまう。そこで筆者の仲間は潜望鏡を開発する。これを掃除の際に水を流す仕切の下に差し込むのである。

ここでこの一文は終わるのだが、その後は、壁がコンクリートになり、男女の便所が分けられるようになり、さらには洋式便所が増えて下の隙間が意味をなさなくなり、それに対抗して隠しカメラといったハイテクなノゾキの時代になっているわけだ。

今まで何度かノゾキ・マニアに話を聞いたことがあるのだが、あの人たちは変。男女共用のトイレの壁に穴を開ければ覗けた時代と違って、今の時代のノゾキは捕まるリスクが高い。とくに仮設トイレの便槽に入り込んでいたり、女用に忍び込んでいるところを見られれば言い逃れができない。それでもやめられないんである。

 

 

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(残り 1616文字/全文: 2614文字)

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