松沢呉一のビバノン・ライフ

日本のフェミニズムの問題点は山田わかを読めばわかる—女言葉の一世紀 125-(松沢呉一) -3,183文字-

呉覚農は山田わかを「退行した良妻賢母主義」と評価—女言葉の一世紀 123」の続きです。「婦人参政権獲得の歴史を再確認—日本の女性議員率 16」の具体例でもあります。

 

 

 

山田わかを読むと、日本の婦人運動が理解できる

 

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今まで「ビバノンライフ」では、日本のフェミニストとして、花園歌子伊藤野枝森律子らの書き残したものを取り上げてきました。これらには共感できるのですが、日本のフェミニズムとはなんなのかを知るのにもっとも適切な本は山田わかの著書かもしれない。

以前から言っているように、平塚らいてうは共感できる部分とそうではない部分があるので、単純には評価しきれない感があります。高群逸枝もそうです。アナキスト時代の文章には共感できる点が多いのですけど、一般に広く知られる民俗学者としての業績は「わからない」としか言いようがない。私の浅知恵では及ばず、読んでも判断ができないのです。

対して山田わかについてはためらいなく否定できます。細部を見た時には同意できるところもありますが、山田わかの思想というべき点にはとうてい同意できない。

昨今、矯風会をフェミニズムの歴史に位置づける暴挙を糞フェミがやりだしたことに対しては平塚らいてうの立場からしても激烈な批判をするしかないわけですけど、「日本のフェミニズムなんざ、所詮キリスト教道徳団体矯風会と五十歩百歩の道徳糞フェミの歴史であり、伊藤野枝や平塚らいてうの矯風会批判なんて知ったことか」と宣言してくれたことで、やりやすくなったところもあります。

ずっと日本のフェミニズムの潮流の中に道徳堅持、一夫一婦制堅持の考え方が存在してきたことは否定できません。現に矯風会と手を組んだ婦人運動家は戦前からいたわけですし、売防法で日本の婦人運動は道徳と結託したことも今まで書いてきた通り。「日本のフェミニズムは道徳糞フェミの歴史」という宣言に私もおおむね賛成です。ただ、それだけではないので、伊藤野枝らの存在を引き続き私は肯定的に見ていきますし、糞フェミの歴史も批判的に見ていきます。

その糞フェミの歴史を見ていく際に参考になるのが山田わかであり、これまで山田わかについては、マーガレット・サンガーを嘲笑したことを取り上げています。女が性の知識を得て、避妊を実現することに反対したのです。日本の婦人運動家の多くは産児制限運動に冷淡でしたから、山田わかだけの問題ではなく、だからこそこの人の書くことには検討する意味があるのです。

この人は「青鞜」一派の中でももっとも質の悪い部類の人物であり、サンガーのこと、産児制限のことだけでなく、私はまるで評価ができません。それでも読んでいるのは、もっとも質の悪い部分にこそ、この国のフェミニズムが内包し、今なお継承し続けている問題がよく出ているからであり、その問題を見極めることこそ日本のフェミニズムを見極めることだからです。

※山田わか著『私の恋愛観』(昭和十一年)より、孫と山田わか。

 

 

女権論を否定する婦人運動家

 

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一般に婦人運動家は、女権論者とも言われます。女権論は女の権利を獲得する主張の総称ですから、通常は婦人運動とイコールと見て間違いないわけですが、山田わかは女権論者と自身の間にはっきりと線引きをし、敵意を剥き出しにしています。

呉覚農は山田わかを「退行した良妻賢母主義」と評価—女言葉の一世紀 123」で、呉覚農が「その思想は退行した良妻賢母主義」と評したのに対して、私の山田わか評は「良妻賢母と五十歩百歩」あるいは「退行したエレン・ケイ思想」といったところだと書きました。

呉覚農がそうも否定的に山田わかをとらえていたのは、呉覚農が評価できる婦人運動家たちと山田わかはしばしば対立し、日本の婦人運動の足を引っ張るような発言を繰り返していたためだろうと推測できます。対立していたのは伊藤野枝であったり、与謝野晶子であったり。

では、山田わか著『家庭の社会的意義』(大正十一年)でそのことを確認していきましょう。

 

 

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