松沢呉一のビバノン・ライフ

クオータ制推進論者は「偏差値高い系」女子校のデータを見て出直せ!—改めてクオータ制に反対する-(松沢呉一)-5,405文字-

 

拙速な数字的平等は平等を遠ざける

 

vivanon_sentence数日前に観て唖然とした報道ステーションの動画です。

 

 

セクハラを考える

【セクハラを考える】「女性の政治参加」を促す法案のアドバイザーを務める政治学者の三浦まりさんに聞きます。#報ST

報道ステーションさんの投稿 2018年5月9日水曜日

 

 

昨年夏から、「ビバノン」でずーっと日本の女性議員率について論じてきました。そこから女子校別学教育、フィンランド方式の教育、女子の就職などに話が広がって、全部合わせると70回ほどやっていようかと思います。歴史的アプローチを入れるともっとありますし、広くはこの社会の規範と密接に関わるものとして「「私」を主語にできない問題」シリーズもあります。

KaoRiとアラーキーの件でも、1週間から10日くらい朝から晩までずーっと考えていて、そのくらい考えないと自分の意見が見出せない。発言するのはそれからです。まして女性議員率は単純ではないため、このくらい調べ、考えないと自分の意見が固まらないのです。このジャンルについての知識がない薄っぺらな私が、調べることなく考えることなく意見を言えば間違いなく薄っぺらになるわけで、いっぱしのことを言うんだったら時間をかけるしかない。

しかし、長いとどんどん読まれなくなるので、これらのシリーズは購読者の中でも読んでいる人は多くなくて、あまりに話が広がってしまったため、私がいったい何をそうも懸命に論じているのかわかりにくかったのかもしれない。

Facebookでこれらについてまとめたので、以下に転載しておきます。データも多数出してますから、それらにも目を通した上で各自で検討していいだいた方がいいのですが、とりあえず、こういうことを10ヶ月間やっていたのだとご理解いただきたい。

転載文のあと、これを踏まえてクオータ制導入を主張する人たちを改めて批判します。

以下、若干の加筆をしています。

 

 

Facebookからの転載

 

vivanon_sentenceこのインタビューに出ている三浦まり教授は、ずっとクオータ制導入を主張している人物です。「ビバノンライフ」の「日本の女性議員率」シリーズ を読んできた方はこれを観て、「ケッ」と思ったことでしょう。この機会に、ここまでをざっくりまとめておきますか。

昨年夏から書き続けてきたように、女性議員率の低さは、女性候補者が少ないことに直接の原因があります。 政党が操作しているのではないことは無所属の立候補者の女性率を見ればわかります。つまり政治家になりたい女性、政治家に向く資質や経歴をもつ女性の絶対数が少ないわけです。女性候補者を増やせば当選者が増えるのは昨年の都議会議員選でも明らかです。この問題の表面的解決はいたって容易であり、女性候補者を増やせばいい。それだけなのです。

その点、共産党はおそらく意図的に女性候補者数を増やしていて、女性議員数も増やしています。自民党だって努力はしています

しかし、なかなか数字は増えていかない。現職議員が強いため、短期間に変化させることは難しいことが大前提としてあるのですが、新人で見ても女性率は低いのです。これは人材がいないためです。

共産党だって自民党だっていきなり新人候補者の半数を女性にできるかと言えばできない。それをやると質が低下することは明らかであり、現段階でもすでにその軋みは出ているように見えます。男性議員にロクでもないのが多いのは事実だとして、では、なぜ数が圧倒的に少ない女性議員で問題を起こすのがああも多いんですかね。

適性のある女性候補が出てきにくい背景には「政治家に向く女性の人材を育てない社会」があります。大学進学率における男女比は縮まっているのに、なぜ男子に比してなお政治・経済・法律を専攻する女子が少ないのか。なぜ法学部のある女子大は京都女子大だけなのか。法律を作るのが仕事の国会議員で法学の素養がないのは欠陥です。

その是非は置くとして、政治家の資質は相当のところまで学歴が決定します。大学卒業以降の経歴も大きいのですが、それ自体、学歴が決定します。つまり、大学の段階で「女性議員率の低さ」が決定づけられていて、これは女子自身の選択なのです。

この国には「妻は家庭を守るべき」と考える人が国民の4割もいる現実があります。これが諸外国に比して突出している。母性保護を核とした良妻賢母が今も続いています。その規範を内面化して、女子自身が、能力があっても、政治家に向く選択を避けてしまっています。

ここを変えない限り、根本的な改善はできず、クオータ制の導入はむしろそこを固定することになります。これが欧米においてもクオータ制に反対するフェミニストたちを生んでいるのですが、この問題にさえ気づけないのが日本だと言えましょう。

 

 

Facebookからの転載2

 

vivanon_sentenceしかし、着々と変化をしてきています。

この現実を大きく変革しつつあるのが「偏差値高い系」の女子校です。これらの女子校では進路の選択に「女らしさ」が消えているのです。 医大を筆頭に理系に進むのも、東大で法学を学ぶのも多数います。これらの学校では女子大進学という選択肢はほとんどなくなっている。女という意識が外れた時に、現行の女子大は受け入れる器にならないためです。

もはやこれらの女子校については同程度の偏差値の男子校と進路が変わらない。そういった学校の卒業生によると、良妻賢母はもちろん、「女として」という発想が完全に排除されています。一人の人間として、「私」として、発想するわけです。素晴らしい。

つまり、中学から、社会の規範に影響されない教育をすれば変えられるわけです。これらの女子校の成果から男女共学の学校も学ぶべきです。女子校が積み重ねてきた実績をどう社会全体に広げていけばいいのかを考える段階です。

遅々とした動きではあれ、今の流れからすると、確実に政治家に適した女性候補は増えていくいはずです。しかし、その前提となる環境を整えていくにはどうしても時間がかかります。そこは覚悟するしかない。覚悟した上でこの流れを促進していけばいい。

一方で、変えられるのに変えようとせずにクオータ制で世の中が変わるかのような幻想をばらまいている人たちがいるわけですが、その根本を変えずに数字を増やそうとすると、今井絵理子の類似品を増やす結果になるのは必至です。政治家になりたい意識、それに伴った素養と経歴を身につける女性が増えない中で候補者を探せばそうなるに決まっているじゃないですか。

自民党が今井絵理子を候補にしたのは、現状の国民の意識を考えると間違っていないんです。政治家の資質ではなく、知名度と母性が揃っていればいい。だから、現に当選しました。国民が望んだ理想の政治家がアレです。

この国では政治家の資質ではなく、母であることが女性議員に求められてしまう。政治家になっても良妻賢母が求められるのは金子恵美議員(当時)の公用車問題で明らかです。そこを変えないとどうにもならんと思いますよ。政治家に必要なのはすぐれた母性ではなく、政治家としてすぐれた能力でしょうに。

私が何を言おうと、おそらくクオータ制は導入される方向になり、タレントやスポーツ選手から女性候補者を探してくることになるんでしょうけど、一部の人でいいので、この問題は相当に根深くて、国民の意識こそ改善していかないとダメだと気づいてくださいな。つまりは私ら自身の意識を変えなければならんのです。男女問わずです。

 

※以上がFacebookからの転載です。

 

 

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