松沢呉一のビバノン・ライフ

強姦された女は妻としての価値がない—女言葉の一世紀 130-(松沢呉一) -3,701文字-

二流三流の女だけ働け—女言葉の一世紀 128」の続きです。

 

 

 

女は束縛されるのが嬉しいんだってさ

 

vivanon_sentenceたしかに家庭内平等は、それ自体、望ましいことですけど、以下を読むと、山田わかの家庭内平等も相当に怪しくなってきます。

 

 

けれども、一代の大思想家、大詩人であるエマソンは何と云ひましたか、「我々人間に最大必要なものは我々を指導し、我々に適した仕事を我々に為すしめ能ふ人物である。」と云って居るではいりませんか。つまり、我々には常に指導者が必要であることを教へて居るのです。それならば、何と云った処が事実上、私共婦人よりも優れた力と社会的の経験を持って居る父なり夫なりの指導を受けることは有益なことではないでせうか。尤も、父なり夫なりが時代後れの頑迷固陋者であって、育たうとする私共の知能を押へつけてしまふやうな人間である場合には別ですが、普通、私共の利益と幸福を思って指導して呉れる場合には、「私は思想的に独立して行きます。」と云って、其れを抗む必要は少しもないではありませんか? 経済的能力を全く欠いて居る娘に学資を与へて学問させる父、知力的に後れてゐる妻を指導して知的発達を計る夫が暴君であるならば、さう云ふ暴君は私共の幸福と進歩のために絶対に必要な暴君があります。

且つ、又、妻が何をしようと、何処へ行かうと、どう云ふ種類の人間と、殊に異性と交際しようと、一向平気で「あれは彼女の個人としての自由ですから。」と云って打ち捨てて置かれるよりも、「そんなことはするな、そんな危険な処へは行って呉れるな、ああ云ふ人物との交際は止めてお呉れ。」と云ふ夫が妻を束縛するのであれば、偏頗(へんぱ)した女権主義者でない限り、それは嬉しい束縛に相違ありません。

 

 

行動に口出しされ、束縛されることを女は喜ぶんだってさ。たしかに、そういうのは今でもいっぱいいますから、その範囲では正しいのかもしれないけれど、それをよしとしてしまったのでは、家庭内平等なんてことは実現できるはずがない。

女が家庭で家事や育児をやっている限り、経験値は上がらず、女はずっと父や夫の指導のもとで生きていくしかないのですから、女は男の指導のもとで生きていくしかない。山田わかはそう言ってます。

結局、この人の論はその場限りの思いつきの集積でしかないと言っていいでしょう。

 

※「1900s Posters Against Women’s Right To Vote Are Infuriatingly Anti-Feminism」 学校に行き、社会進出を果たすようになると、いつか女子でもリーダーになれると鼓吹するポスターではなく、「婦人参政権を実現すると、こんなことになるぞ」と脅す内容です。これも山田わかと類似。

 

 

身勝手なエレン・ケイの解釈

 

vivanon_sentenceここまで見たことからすると、個人主義に基づいたエレン・ケイの離婚の自由とは対立するしかないはずですが、山田わかはこう解釈しています。

 

 

愛の有無を問はず、本人等の意向には頓着なく、其の時の事情に都合がいいやうに結婚をさせ、永久の同棲を強ひ、そして、夫の死後は其の夫に操を立てさせようとすることの理不尽、不幸、不利益をケイ女史は高唱したのでした。完全な結合を破壊しようとしたのではなく、完全な結合を造るために不完全な無理な不幸な結合を破壊しようとして、離婚の自由を提唱したのです。

 

 

ここはおそらくエレン・ケイ著『恋愛と結婚』を読み間違えているのだろうと思われます。この人の場合は意図的に読み違えていそう。

たしかにエレン・ケイは「不幸な結合」を避けるための離婚についても触れていますが、それに限定しない離婚の自由をも支持しているとしか読めません。エレン・ケイは、山田わかが嫌悪する個人主義に基づいて、既存の結婚制度を終焉させようとしていたのですから、広く離婚の自由を求めていたとしか考えられません。

多数の名前を借りてきて箔づけに懸命なのが山田わかの文章の特徴ですが、その中でもっとも頻繁に登場するのがエレン・ケイです。エレン・ケイのことだけを書いた文章も複数あるのですが、その解釈は大前提が間違っています。

個人主義を否定し、家族主義、愛国主義を掲げる山田わかとエレン・ケイはまったく相容れないものなのです。英国や米国の婦人参政権運動を個人主義であるとして否定する山田わかは、エレン・ケイも否定しなければおかしいんです。

 

※「1900s Posters Against Women’s Right To Vote Are Infuriatingly Anti-Feminism」より

 

 

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