松沢呉一のビバノン・ライフ

スウェーデンの教育と自己決定—裸の文脈(8)(最終回)-(松沢呉一)-3,091文字-

M/ALLと #なんでないの—裸の文脈(7)」の続きです。

 

 

 

 女性用コンドームを配布する意味

 

vivanon_sentenceスウェーデンの性教育の授業では、まず女性用コンドームを配布するという話を「#なんでないの 」プロジェクトを主催するKazuko Fukudaに聞いて心底感心しました。

どこの国でも使用する人が決して多くはない女性用コンドームですけど、実際に使うかどうかの問題ではなく、「これはあなた方自身の問題なのですよ。男に任せていていいはずがないでしょう」というメッセージを伝えるために配布するのだろうと推測します。

避妊方法はコンドームだけではなく、さまざまな方法があって、その中から主体的選択が可能であることを知らしめるわけです。この選択肢が日本では決定的に欠けています。選択する意思も欠けています。

日本ではおそらくは虚偽とともにコンドーム専門店にさえインネンつけてくるのがいるし、ピルは処方箋が必要で、なおかつ高い(スウェーデンでは自治体によって違って、15歳以上の未成年者には無料で配布されたり、格安で提供されたり。有料の場合でも日本の約十分の一程度)。女性コンドームは売れないため、すでに国内では販売されておらず。インプラントは医療行為として認可されておらず。IUDの利用者はそれなりにいますが、ほとんどは出産後であり、それを公言する人は少ない。

たしかにピルには副作用があり得ます。しかし、どういう人たちに副作用がでやすいのかのデータも出ていて、その体質の検査もできますから、そういう人たちはピルを避ければいい。選択すればいいだけのことで、問題なく使用できている人たちの選択肢まで潰す必要はない。現に個人は違うのですから、それぞれが選択できるようにし、その決定が自分と違っていても尊重するのがいい社会。

 

 

長くつ下のピッピ

 

vivanon_sentenceこの話を聞いたこともひとつのきっかけになって、また、フィンランド方式の教育に興味を抱いた流れで、河本佳子著『スウェーデンののびのび教育』という本を勘で読みました。

著者は1970年にスウェーデンに渡り、大学を卒業後、障害児教育に携わったのち、大学に入り直して作業療法士になった人物です。

スウェーデンに行った動機はアストリッド・リンドグレーンの『ながくつしたのピッピ』だったそうです。このタイトルが出てきてキュンとしました(私が読んだ版では『長くつ下のピッピ』という表記だったはずで、検索してもだいたいそうなっているので、以下『長くつ下のピッピ』で統一します)。

小学校3年の時に読んで、私はピッピが大好きになりました。児童文学全集みたいなものに入っていて、その全集の中でもっとも面白かったのが『長くつ下のピッピ』で、何度も読みました。

さすがに今となっては具体的内容までは覚えておらず、「ピッピは強くてかっこいい」ということと挿絵のイメージが残っている程度ですが(オリジナルではなく、この本の描き下ろしだったと思う)、どこにああも惹き付ける力があったんだろ。岩波書店版には表紙に「世界一つよい女の子」とあります。また、宮崎駿と高畑勲はテレビアニメにしようとして頓挫したことを知り、『長くつ下のピッピ』をもう一度読みたくなってます。たぶんそこにはスウェーデンという国を知る手がかりがありそうです。

スウェーデンののびのび教育』の著者は大学に入って、アストリッド・リンドグレーンの家に招かれることとになります。このシーンでは私までが高揚してしまいました。

 

 

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