もはや友だち、もはや家族同然の客たち—札幌ふきだまりのナンバーワン(中)-[ビバノン循環湯 396] (松沢呉一) -4,746文字-
「屋台売春の生き残り—札幌ふきだまりのナンバーワン(上)」の続きです。今回も図版はすべてGoogleストリトービューより
私のお客さんは長いの
この辺一帯に客が寄りつかなくなっても、咲さんには客がつく。
「それまではなかったんだけど、ここ一、二年は、お茶を挽く日もありますよ。たまにですけど。それでも昔からのお馴染みさんがいますから、私はまだましな方」
—ここに来てすぐについた客で今も来ている人がいる?
「十年以上の人が一人います。あとは七、八年、五、六年の人たちが何人かいます。長いの、私のお客さんは。それもコンスタントにいらしてくれますよ。お客さんがね、しばらく来てくれないとね、すごい心配になります。どうしたのかな、具合が悪いのかなって心配になります。そしてね、再会できると、すごい嬉しい」
—よく聞くけど、もう来なくなって、死んでるかもしれないってこともあるじゃないですか。
「そうそうそうそう。だからね、この間までとっても元気よかったのにと思って心配になる。私は早い時間に店に来るんですね。今までは早い時間にいらっしゃるお客様がいたわけ。でも、四、五人はいなくなった」
—年配の人たち?
「はい、だいたいそうです」
—倒れたところで家族が連絡くれるわけじゃないもんね。
「糖尿病で、自分でインシュリンをもってくるお客様もいたし、肝臓の病気のお客さんもいたし」
—すごく寂しいですよね、どうなっているかもわからない。
「そうですね。わからないですもんね。たまに再会すると、“ああ、よかったよかった、生きていたの”って言う。それはジョークですけど、会えているからジョークになるだけですよね」
—実際に、来なかった間は、入院して死線をさまよっていたってこともあるわけでしょ。
「そうそう。だから、コンスタントに来てくれていたお客様が急に来なくなると心配よ」
—でも、こちらから連絡がとれる人もいるのでは?
「いますよ。名刺いただいて、こっちの方から連絡できる場合もありますよ。でも、しいてそれはしないの、私は。もしかして、お客様がお酒飲んだ勢いで調子よくて名刺を出しただけかもしれない。次の日は酔いは冷めている。私が電話入れたら、会社のデスクのところにいるかもしれない。そしたら、周りの耳があるでしょ。迷惑するかなと思って」
—電話して大丈夫な人もいるでしょ。
「そういう人には電話しますよ。お客様と合言葉を作っておくの。中央区の佐藤と申しますけど、社長いらっしゃいますか、専務いらっしゃいますかって」
※この頃はまだ携帯電話を持っていない人たちが多く、私も持っていなかった。
※写真は旧北海道庁レンガ庁舎
ケンカをしても通ってくるお父様の話
咲さんは、もっともつきあいが長く、もっとも信頼している客の話をしてくれた。
「私はお父様と呼んでいるんだけど、今、六八歳かな。ずっと勤めていた会社を定年退職して、そのあとしばらくどこかの理事をやっていて、今は仕事を完全に引退して、悠々自適の生活をしている。奥様は七年前に亡くなって、一人になって気ままに海外に行ったり、全国の温泉に行ったり。息子さん家族が札幌にいらっしゃるんですけど、奥さんが亡くなって、やっぱり淋しいんだわ。話し相手が欲しくて、私が聞き役になって。その人とはもう十五年くらいになりますね。今はもうお客というより、友だちみたいな関係なのね。今でも一カ月に二回、三回と御祝儀つけてくれる」
「御祝儀をつける」は金を出して遊んでいくこと。
「“おまえのことは飽きた、飽きた”って何年も言われているんですけど、浮気しない人なんですよ。次々と遊ぶ相手を変えるお客様も多いじゃないですか。でも、その方は絶対にそういうことをしない」
遊び人の鉄則である。
「それが女の子に受けがいい上手な遊び方ですよ。浮気するなら堂々とした方がいい。“この間は咲さんと行ったから、今日は別の子にしておくか”ってはっきり言ってくだされば、全然気分悪くないんですよ。こっそり浮気するから気分を害する。お父様に彼女がいることは私も知っているんですけど、ここでは一度も浮気をしたことがないんです」
—彼女がいるんだ。
「一人はお金持ちの奥様で、もう一人は料理屋さんで働いている人らしいですよ。だから、こういうところで働いているのは私だけ」
—その人はセックスもまだ現役で。
「そう。すごい強いんですよ。その方とは必ず最後にホテルに行って。二時間、三時間は普通ですよ。私だって、満足していただかないと気分が悪いので、頑張るじゃないですか。でも、四時間もしていると、私の方が音を上げてヒステリーを起こすんですよ。そうなると、もう触られるのもイヤになってくるの。それでケンカになる。これで終わりだなって思うことも何度もありました」
一緒に住んでいないだけで、夫婦と同じだ。しかし、夫婦は四時間もしないか。四時間どころか、二時間も三時間もしない。大半の夫婦はこの歳になると一切しない。
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