松沢呉一のビバノン・ライフ

貯金一億円の真偽—札幌ふきだまりのナンバーワン(下)-[ビバノン循環湯 397] (松沢呉一) -4,685文字-

もはや友だち、もはや家族同然の客たち—札幌ふきだまりのナンバーワン(中)」の続きです。今回の図版もすべてGoogleストリートビューより

 

 

 

それは私のプライドです

 

vivanon_sentence咲さんは繰り返し「お客様に恵まれた」と言うのだが、咲さんだからこそ、客もこうやって何年間も通う気になる。

「私も尽くしますよ、すごく。私、そういうお客様はお宅までお送りするんですよ。お客様を送って、うちに帰ってくると、タクシー代が四、五千円くらいかかったりする。“いつもお世話になっているので、今日は御馳走させていただきます”ってこともあります。単に私が得をすればいいんじゃなくて、“損して得する”みたいなことを忘れないようにしているの。こういう仕事でも、そういう心遣いが大事だと思うんだ。結婚を匂わせてお金を騙しとったり、物をねだったりするようなことは絶対にしちゃいけないと思うんです。それは私のプライドです。ボッタクリみたいなことはプライドがないからできる。そんなことをせずに一回一回大切にして満足していただいて、“なになにちゃんとまた会いたい”と思って、一回のものを二回三回と来ていただくのが私たちの仕事です。生意気なようですけど」

私はここで南智子の話をした。

—彼女も同じようなことを言ってます。適正価格がルールだと。お金をもらう以上はそれ見合ったサービスをする。自分を貶めない、仕事を貶めない。自分にプライドをもつ、仕事にプライドをもつってことですね。

「チップはありがたくいただきますよ。五百円でも千円でも嬉しいものなんですよ。でも、それは相手の気持ちであって、こっちからねだるものじゃない」

—自分からは匂わさなくても、お客さんから“結婚しよう”とか“オレが生活の世話をしてやろう”って言われることがあるでしょ。

「ありますよ。私がその気になればなれるんでしょうけど、私、縛られるのは嫌いなんです。一人の人に縛られなくても、私は生きていく力がありますので。フフフフ、こう言っちゃ生意気ですけど」

—そういう人たちは振られるともう来なくならない?

「それはそれでしょうがないですけど、私はそういう方向に持って行かないので、めったにそういうことは言われない。そういうことを言われる人は、そういうことで引っ張っているからですよ。“私はわがままだから人とは一緒に生活できないし、仕事でしているのがちょうどいい”ってふだんから言ってますから、たいていの人は理解してくれますでしょ。それが理解できない人は私のところには通って来ない」

咲さんは結婚したことはない。「結婚しようと思った相手はいないの?」と聞いたら、しばらく考えてこう答えた。

「いや、いませんね。結婚したいと思ったこともなかった。冷めているのかもしれませんけど、“この人と一緒になりたい”“この人の子どもを生みたい”と思う男性は一人もいなかった。こういう仕事に従事していると、割り切って仕事しているから、お客さんはそういう対象にならないし、そうじゃなくても、半端な遊び人しか寄ってこないですよ。私はお客さんとしてしか見ていないのかもしれない」

本人ははっきり言わないが、トルコで働きだすきっかけになった男で懲りたというところもあるのかもしれない。

「ほのかな恋心みたいなものはいつもありますよ。そうしていると、自分がきれいでいられるから。でも、結婚したいとは思わない」

※冬だとなんとか様になる時計台

 

 

一億円の貯金について

 

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私はマスターから聞いた貯金のことも聞いてみた。

—貯金が一億円あるって本当?

「そんなこと言えないですよ。私のこの顔を見て判断してね」

 

 

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