松沢呉一のビバノン・ライフ

堂々と屁ができる社会を夢見るおならフェチ—作業用・M男14-(松沢呉一)-9,148文字-

このシリーズは文庫の作業用です。「ビバノン」の編集ページに慣れてしまって、ここで文庫用に原稿の手直しをやっており、ついでに一時公開する趣旨です。

通し番号は仮の掲載予定順です。バラバラに出していきますので、通し番号も飛び飛びになります。現段階ではどれを収録するのか決定しておらず、よって再録の許可をまだ得てません。本に収録されないものはそのまま残し、収録するものはその段階で非公開にすることになろうかと思います。そのため、「循環湯」の通し番号は現段階では省略します。カテゴリーのタグも「文庫作業用」のみです。空白にしている部分がありますが、気にしないでください。

連絡がとれる人でもまだ無断ですので、無料公開部分は相手の言葉が始まる前までとします。

図版は最低一点入れていきますが、サムネイル用なのでいつも以上に適当です。

 

 

 

屁の盲点

 

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おならには愛着があって、おならについての本をさまざま集めている。江戸時代から明治時代にかけて行われていた放屁大会のことを調べるために浜松まで行ったこともある。これは屁の名著、福富織部著『』(大正十五年)に出ていたもので、こんな大会が開かれていたことも、また、毎回優勝していた屁の名人の話があまりにできすぎで、本当かどうかを知りたかったのだ。

半信半疑だったのだが、実話であった、名人の孫にも辿り着けたのだが、おばあちゃんは取材には応じてくれず。その親戚が教えてくれたところによると、そのことで娘時代には相当イヤな思いをしたらしい。

屁には一家言ある私だが、そんなもんが性的な興奮につながるとは想像だにしていなかった。福富織部もそんなことは書いていなかったと思う。

そういう存在がいることを知ったのは数年前のこと。「お尻倶楽部(シリクラ)」(三和出版)の編集部で、おならフェチが話題になっていたのだ。

取材でおならフェチの石原大介氏に会った際に話がつながったのだが、「お尻倶楽部」でそんな話題が出ていたのは、石原氏の投稿がきっかけであった。

彼の話を聞いて意外に思ったのは、おならフェチのほとんどはMだということ。そういう存在がいることを知っても、恥辱を与える行為としておならを捉えているSが多いとばかり思っていたのだ。こうして思い込みは次々と覆される。何事も調べ、当事者の話を聞いてみないとわからんものだ。

その時の取材原稿は文字数が少なく、M性については十分に紹介できなかったため、今回、改めて話を聞いてみることにした。

※書影は福富織部著『』(大正十五年)。

 

 

おならを吹きかけた女教師

 

vivanon_sentence彼がおならフェチであることを自覚するようになったのは、小学校の女教師によるところが大きい。自分のクラスの担任ではないのだが、おならについての恩師である。

 

 

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(残り 8134文字/全文: 9314文字)

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