松沢呉一のビバノン・ライフ

擬態語・擬音語は変化しやすい—言葉の経年変化[中]-[ビバノン循環湯 408] (松沢呉一)-3,352文字-

喫茶店で小耳に挟んだ「へたばる」—言葉の経年変化[1]」の続きです。

 

 

 

 

ヘトヘト、クタクタ、フラフラ

 

vivanon_sentence本人に聞くわけにもいかず、このことが気になって、うちに帰ってから、ここまで配信した「マツワル」で調べてみたところ、「へたば(る)」「へとへと(ヘトヘト)」で検索してひっかかったのは一例もなかった。やはり私は、彼女がわずかな時間で連発した「へたばる」「へとへと」をほとんど私は使わない。

対して、「へばる(ヘバる)」は三ヶ所で使用。また、「くたくた」は二ヶ所で使用していて、ひとつは平仮名表記の「くたくた」、ひとつは片仮名表記の「クタクタ」であった。平仮名の「くたくた」は私が書いているのではなくて、「売春史」に出てきた伊藤晴雨の発言内に出てくる。「クタクタ」は私自身の言葉として使っている。

日常会話でも、「もうクッタクタだよ」といったように使うことがあるように思う。しかし、「ヘットヘトだよ」とは言わない。

「マツワル」では、「くたくた」「くったくた」よりも、「ぐったり」を使っている。五ヶ所に使用していて、すべて「ぐったりする」と動詞的に使用している。会話ではもっと使用頻度が高いだろう。

また、疲れた様子としては「ふらふら」も頻繁に使っていて、「マツワル」では七ヶ所に使用している。ただし、「ふらふら」は使用範囲が広くて、疲れた時だけではなく、病気の時、徹夜の時、目が回った時、酔っぱらった時、セックスをしすぎた時などに使用する。つまり、足許がふらついた時、ふらつきそうな時にはすべてに使用可能である。

風邪をひいておらず、疲れてなくても、ある瞬間ふらついただけでもフラフラすることができる。足許がふらついてなくても、目的なく街をフラフラすることもでき、さらには仕事をしないで家にいるだけで、フラフラすることができる。事実、「マツワル」での使用例のひとつは「仕事をしてない」という意味であった。目的がないことが共通点。

※「へとへと」をタイトルに使用した本、石原加受子著ヘトヘトに疲れる嫌な気持ちがなくなる本』は2013年刊

 

 

骨折り損のくたびれ儲け

 

vivanon_sentence「くたくた」は「くたびれた」の「くた」に通じる。調べてみたら、「くたびれた」も「マツワル」で一ヶ所使っていた。「あー、くたびれた」といったように、日常会話でもたまに使ってるが、あまり頻度は高くなく、「骨折り損のくたびれ儲け」とも言わない。うちの親はよく言っていたが。

 

 

 

 

 

また、「くたびれる」は疲れた時よりも、「あの人って、くたびれたカンジだよね」といったように、長期に渡って疲れ果てた様、老け込んだ様、冴えない風貌に対して使うことが多いように思う。擬態語で言えば「よれよれ」。

他人が使っている場合は、どちらかというと、人間よりも、「そんなくたびれた服を着て」といったように、中高年世代が物を示して使うような気もする。うちの母もこういう言い方はする。でも、この用法は私は使わない。人を意味する時にしか使わない。

ここまでの使用例を見ていただけるとわかるように、「ぐったり」「ふらふら」に比べると、私にとっては「へとへと」「くたびれる」は、「ちょっと古い言葉」である。「へたばる」「へこたれる」「くたくた」はさらに古くて、若い世代ではほとんど使われない言葉といった印象がある(繰り返すが、地域差、個人差がかなりあると思う)。

ということから考えると、私が今使っている言葉も下の世代からすると使わない言葉になっている可能性が高い。

 

 

擬態語・擬音語は変化のスピードが速い

 

vivanon_sentenceなんで彼女が「へたばる」「へとへと」という言葉を使用するのかについての理由はどうにもわからなかったのだが、このことを一日中考えていて気づいたことがある。

擬態語・擬音語は同じ意味で使用される期間が比較的短いのではないか。もちろん、一度定着すれば数年という単位で消えることはないが、新しく出てきては数十年で消えていく傾向、あるいは意味が少しずつずれていく傾向がありそうだ。

 

 

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