松沢呉一のビバノン・ライフ

ミルとベーベル—女の分断・フェミニズムの分断[2]-(松沢呉一)-2,779文字-

多数派による少数派の封殺—女の分断・フェミニズムの分断 [1]」の続きです。 

 

 

 

ミルが『女性の解放』で、ベーベルが『婦人論』で指摘したこと

 

vivanon_sentenceフェミニズムの始まりにおいて大きな影響を残したのがジョン・スチュワート・ミルです。この人も個人主義者です。ミルは『女性の解放』(1869)で、結婚制度は合法的奴隷制度であると喝破します。もちろん、男が雇い主で女が奴隷。

これは問題を抽出するための比喩的表現、観念的表現であり、ミル自身結婚していますから、個別の結婚を否定するものではないでしょう、おそらく。

これを受ける形でアウグスト・ベーベルは『婦人論』(1879)で「結婚する女」と「売春する女」との二種の女を作り出す奴隷制の二重構造を暴きました。ミルの指摘からさらに踏み込み、コインの裏表にあるふたつの側面を明らかにしたわけです。

貞操を守り、柔順たる奴隷であらんとする女を高めるとともに、売春する女をはしたない女として否定し、「貞操を守らないとああなるぞ」と脅す。売春する女は軽蔑され、制裁されることで辛うじて存在を許されるのです。結婚制度を維持することによって必然的に生ずる存在とも言えます。

この二重規範による女の管理は、以降、さまざまなフェミニストによって指摘されていて、伊藤野枝も書いていますし、花園歌子の主張の根幹にあるのもこの考え方です。

ミルやベーベルが指摘した奴隷制に対抗するのがフェミニズムであると言ってもいいでしょうが、この二重規範をどうとらえるのかで考え方は大きく分かれます。

 

 

日本の場合

 

vivanon_sentenceもともと日本の庶民レベルではこの二重規範に基づく売春蔑視も貞操の絶対視もあまり強くありませんでした。それよりも身分制度による壁が強固でした。しかし、武家階層であっても、遊女を妻や側室にする例は少なくなかったように、売春する女に対する蔑視はさほど強くなく、百姓の娘が武家の妻や側室になるほとんど唯一のルートが遊廓であったことも、二重規範のゆるさを示唆しましょう

厳しい身分制度の中でのガス抜きに過ぎないとしても、そこでは互いの合意があれば(位の高い男、金のある男からの落籍を遊女が拒否することはあまりなかったでしょうが)、また、それ相応の手続きがあれば、遊廓は、身分を超えた婚姻関係が成立する特別な装置になっていたと言えます。

ひとたび妻や側室になれば貞操を守ることを求められたわけですけど、一般庶民においてはユルユル。結婚まで処女でいなければならないなんてこともなく、地域によっては結婚後もユルユル。町民においても、妻の浮気は相手に金を払わせておしまいだったり。不義密通に厳しかった武家でさえも、浮気をする妻はいて、だから「女医者」も必要とされました。

地域によっては近代になっても、さらには昭和に入っても、そういった習俗は残り、娘のところに夜這いに男が来ないことを親が心配したなんて話も記録されています。

これが明治以降、都市部から着々と変質していく過程は「女言葉の一世紀」シリーズで繰り返し見てきている通り。資本主義の要請による家族制度の強化に伴うものであり、儒教道徳やヴィクトリア朝のキリスト教道徳がここに影響しています。

 

 

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