松沢呉一のビバノン・ライフ

鼻糞と精液—鼻糞君の体験[上]-[ビバノン循環湯 413] (松沢呉一)-3,127文字-

猫による野生生物の大量殺戮は容認すべきではない—江東区の公園について語る」を書いた際に、「そういえば動物の大量殺戮についての原稿がなんかあったなと思い出しました。これはメルマガ「マッツ・ザ・ワールド」に書いたものです。鼻糞君とは今も連絡がとれるのですが、面倒臭いので、無断再録です。たしか彼はメルマガの購読料を溜めていたはずで、これでチャラってことで。

原文では本名も書かれていて、彼について、また、バイト先について、もう少し詳しく出ていたのですが、本人のみならず、親族その他に迷惑がかかるといけないので今回は伏せました。

 

 

鼻糞で同棲を解消した柴田剛監督

 

vivanon_sentence柴田剛監督のうちで、「アンダーグラウンド・サイコティクス」の福田編集長(現モダンフリークス代表)と柴田監督が深夜まで鼻糞について語り合っていたところ、突然、ドアがあいて、柴田監督が同棲している彼女がこう怒鳴った。

「あんたたち、いい加減にしてよ」

「他のことなら我慢もするが、鼻糞で深夜まで激論するのはやめてくれ」ってことである。

それからしばらくして、このカップルは同棲を解消した。

この話が私はとても好きだ。鼻糞の話で別れたカップルも、鼻糞の話で同棲を解消させた福田君も、どいつもこいつもくだらなくて好きなのである。

そのあと、監督は三階建ての家を借りて、何人かでシェアすることになった。その一人が鼻糞君である。私はいつも「鼻糞君」と言っていて、本人もそう呼ばれることに抵抗がないため、なかなか名前を覚えられず、ここでも鼻糞君で統一する。

この鼻糞君と、同棲解消に追い込んだ鼻糞話は直接の関係がなくて、たまたまだ。

鼻糞君は若い編集者で、飄々としたキャラなのだが、聞いたことのない話が次々と出てきて、今私がもっとも注目している人物である。

映画監督 柴田剛 公式サイトより

 

 

鼻糞君が鼻糞君である理由

 

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最初に鼻糞君に会ったのはゴールデン街だった。ゴールデン街らしく、1970年代の人みたいだった。私が大学生の頃には歌舞伎町にああいう風貌の人がいたものだ。髪の毛が長くてヒゲが生えていて。わかりやすく言えばヒッピー系。

なぜ彼が「鼻糞君」と呼ばれているかというと、鼻糞を食べるからである。

「食べないですか」

「食べないよ。なんで食べるんだよ」

「なんとななく。だって、かさぶたとか食べるじゃないですか」

「だから、食べないって。そんなことを言ったら、耳糞も食うのか」

「あれは、味がしないですから」

「食ったんか」

「はい」

「耳糞には味がないということは、鼻糞には味があるのか」

「ありますよ。子どもの頃に、ねえちゃんが僕の鼻糞を食べたらカレーの味だと言ってました」

「家族で鼻糞の交換をしていたのか」

「親はやっていなかったので、ねえちゃんと僕だけですけどね」

少しホッとした。

「だから、僕の鼻糞はカレー味みたいです。でも、僕はねえちゃんの鼻糞を食べたら、普段の鼻糞と同じ味でした」

「普段どんな味か知らないって。つうことはねえちゃんもカレー味なんじゃないか」

「そうかもしれないですね」

風邪をひいて鼻をかんだ時に、鼻汁が口の方に降りてきて、その中に、鼻糞も混じっていようが、それを改めて味わったことはない。私はもったいない人生を送っているのだろうか。

「結局それなんですよ。僕は鼻をかまないので、全部鼻水を飲んでます。だから、いつも体の調子が悪いのかな」

「だったら、鼻をかめよ。どうして鼻をかまないんだよ」

「好きじゃないので」

「好き嫌いじゃないと思う」

「だって、鼻をかむと、鼻がムズムズして気持ち悪い」

「鼻が詰まっている方が気持ち悪いし、鼻水を全部飲む方が気持ち悪いぞ」

すっかり慣れてしまっているが、慣れないうちは、鼻をかむと、花粉症のように鼻の奥がムズムズして気持ち悪いものなのかもしれない。もう大人なんだから早く慣れればいいのに。

※鼻をかむ技術は学習するもののようで、赤ん坊の頃はうまく鼻をかめないため、親が吸ったりもするが、こういう道具もある。鼻糞君はその学習に失敗した模様。今からでもこれを使ってはどうだろう。

 

 

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