松沢呉一のビバノン・ライフ

著作権砲の考え方—ネトウヨ春(夏)のBAN祭り[8] (松沢呉一)-3,106文字-

YouTubeの基準とヘイトスピーチ対策法—ネトウヨ春(夏)のBAN祭り[7]」の続きです。

 

 

 

「なんでもいいから報告しておけ」ではない

 

vivanon_sentenceアバウトなYouTubeのルールよりももっと適用範囲が狭く、定義が細かいヘイトスピーチ対策法もまたひとつの基準になってます。「BAN祭り」のスレッドを中心になって進行している人たちは、おおむねヘイトスピーチ対策法を理解しているようで、法に照らしてどうなのかをちゃんと検討しています。

ヘイトスピーチ対策法(解消法)におけるヘイトスピーチの定義は以下。

 

 

(定義)

第二条 この法律において「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」とは、専ら本邦の域外にある国若しくは地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住するもの(以下この条において「本邦外出身者」という。)に対する差別的意識を助長し又は誘発する目的で公然とその生命、身体、自由、名誉若しくは財産に危害を加える旨を告知し又は本邦外出身者を著しく侮蔑するなど、本邦の域外にある国又は地域の出身であることを理由として、本邦外出身者を地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動をいう。

 

 

報告の判定はYouTubeの基準がメインですけど、さまざまあるYouTubeのポリシーの中で、「悪意のある表現に関するポリシー」だけを選びとっていて、その際に補足的に使用されているのが法律という関係です。

スレッドでは「これはどうなんだろう」という相談、協議もしばしばなされていて、「それは放置でいいんじゃないか」ということもあります。「なんでもいいから報告しておけ」ということにはなっていない。

ここが素晴らしいところです。よく「差別表現だ」と騒ぎ立てる人たちがいるわけですが、その判断基準は「自分の感覚」です。しかし、自分の感覚なんてもんは千差万別です。「当事者が見たらどう思うか」と言ったところで、当事者もまた千差万別。自分と同じ感覚を共有する人たちだけが当事者だと決めつけるのはやめれ。

互いに「自分の感覚」で語ったって、議論にならない。だから差別認定には基準が必要であり、すでにヘイトスピーチ対策法があるのだし、大阪市のヘイトスピーチ抑止条例も練られた定義ですから、それらに照らし合わせて、批判されるべき表現かどうかについての議論をやればいい。ヘイトスピーチ対策法は分野が狭いですが(表現の分野ではなく、対象が「本邦外出身者」であること)、ここでの定義を他分野に拡大してもいい。そうすれば「私の感覚」のぶつけ合いは避けられ、都合のいい当事者の利用も避けられます。

と以前から言っているのですが、法より「自分の感覚」が上位にある人たちは、決してこの作業をやろうとしない。もちろん、自身の中の信念に従うのはいいとして、それは他者には通じにくい「個」のルールですから、多くの場合、「自分は使わない」に留まって、他者に介入する論理は存在しないのです。

 

 

著作権砲をどう考えるか

 

vivanon_sentenceYouTubeのポリシーが第一の基準、ヘイトスピーチ対策法が第二の基準、もうひとつの基準として著作権法があります。こちらはまた別働隊。人材豊富だなあ。

著作権砲は、ネトウヨの動画で、著作権侵害と思わしきものを著作権者に報告するもの。著作権者が著作権侵害だと判断すればYouTubeに削除依頼を出す。それを促すための報告であり、流れが少し遠回りですが、著作権者が削除依頼を出せば確実に削除されるので、いざ発動されれば効果は絶大です。

こちらは差別基準とはまた別基準であり、BANに至るカウントも別です。こちらはこちらで3本の動画削除でチャンネルがBANされます。

他人の著作物をパクっておいて、すぐさまBANされないのは甘いですけど、人間誰しもうっかりがありますから、恒常的にこれをやらない限りは見逃されるわけで、これでBANされるのは「著作権の意味がわからない」「法を理解できない」といったレベルの人たちだろうと思います。著作権侵害で削除されたのを「言論弾圧だ」と騒いだ星空サラさんのようなレベルです。

著作権とはなんなのかが根本的に理解できない人たちって実在するんですよ。何度言ってもわからない。そういうのがネトウヨ動画を作っている人たちにはゴロゴロいるようです。

 

 

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