松沢呉一のビバノン・ライフ

写真館の工夫 —古い絵葉書[5]-[ビバノン循環湯 422] (松沢呉一)-2,135文字-

絵葉書の各種役割—古い絵葉書[4]」の続きです。

 

 

 

魅惑の水着絵葉書

 

vivanon_sentence次の絵葉書のテーマは水着です。

FBで、このサイトに出ている写真ついて質問をしてきた知人がいます。

 

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下から2番目は手を握っていますが、レズビアンをほのめかしているわけではないでしょう。

日本人のヌード写真をおおっぴらには見ることが出来なかった時代、人気のあったのは水着絵葉書であり、水着ものは一ジャンルを形成していたと言ってもいいでしょう。それこそ今のグラビアみたいなものです。

数多く作られていたため、水着絵葉書自体はそう苦労せずに入手できるのですが、彩色ものは少ない。売りに出ても高いので買えない。上の7点は彩色が素晴らしく、状態もよくて、これだけ揃えばけっこうな値段でしょう。値段がすぐに気になるのは悪い癖です。

なんでこんなものを海外の人が入手できたのでありましょう。ポストカードは土産として使われるので、フランスのものが日本にもたくさん入ってきてますし、同じく日本のものが海外に流出したのでしょう(と最初は思ってました。これの出元は次回)。

よくよく見ると、7点のうちの4点は同じ時に撮影されたもの、残りのうちの2点は同じ時に撮影されたもの。1点はその2つの撮影とはまた別であることが読み取れます。前回書いたように、色には惑わされないように。頭にリボンをつけた子は、リボンの色は同じでも、水着の色が三種あります。

当時の絵葉書はセットでもバラでも売られていたようです。また、別の撮影時のものを組むこともありますから、これらが全部同じセットである可能性もあるわけですけど、たぶん同じセットではないでしょう。

いくらか年齢の幅がありそうで、4枚目の3名は、今で言えば高校生といったところで、半玉ではなくて、芸者かも。この3名は揃って束髪。芸者の髪型ではなく、一般に流行っていたもので、たぶん撮影のための髪型です。

二百三高地髷は日露戦争以降ですから、この写真は明治38年(1905)以降のもの。二百三高地髷は大正に入ってからもしばらく続くのですが、おそらくこの絵葉書は明治のものです。

 

 

写真館の大衆化

 

vivanon_sentence明治10年代から写真館で写真を撮ることが大衆化します。これも値段が気になって前にメルマガで調べたことがあるのですが、写真館に行くと、今で言えば数千円程度で撮れるようになります。現金収入の少なかった農村の人たちや貧困層はともあれ、中流層は気楽に楽しめる娯楽になるわけです。

今もそうする人たちがいるように、子どもの出産記念、七五三、入学記念、卒業記念、結婚記念などの節目に撮るのはもちろん、友だち同士で金を出しあって写真を撮る。カメラをもっている人が少ないですから、写真を残すためには写真館に行くしかない。かしこまった写真だけじゃなくて、泥棒の格好や大工の格好をした写真もうちのどこかにあります。コスプレですね。

その時に、海や山あるいは家にいるような写真が撮れるように、各種の背景や大道具、小道具が用意されていました。

ひと目で見抜けましょうが、上の写真の背景は絵です。破れた布を補修しているのか、斜めに線が入っているのがわかります。

 

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写真館にはこういうセットが作られていました。これは絵葉書用ではなく、写真館はそういうものだったのです。つまり、この絵葉書の背景や小道具は、通常の写真館のものだったのだろうと推測できます。

 

 

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