松沢呉一のビバノン・ライフ

市民に性差はあるのか?—しつこくクオータ制を批判する[上]-(松沢呉一)-2,915文字-

 

夏目漱石の個人主義

 

vivanon_sentence青空文庫で、夏目漱石の講演録『私の個人主義』を読んでいたら、サフラジェットのことに触れてました。否定的な評価なのですけど、「サフラジェットの活動をロンドンで見ていた森律子—女言葉の一世紀 115」に加筆しておきました。

夏目漱石の評価が一般的であり、日本の婦人運動家たちでもサフラジェットを支持する人はほとんどいなかった時代に、サフラジェットに共感を表明していた森律子の肝の座り方は驚嘆すべきです。今の日本でプッシー・ライオットに共感を表明するフェミニスト以上に孤立していだろうと想像します。今の時代はプッシー・ライオット支持の情報もネットで確認できますから、そうは孤立しないでしょうけど、当時はそんな情報もほとんど入って来なかったわけで。

この講演は夏目漱石が学生たちに個人主義を勧める内容です。以下は夏目漱石の個人主義。

 

 

この個人主義という意味に誤解があってはいけません。ことにあなたがたのようなお若い人に対して誤解をんでは私がすみませんから、その辺はよくご注意を願っておきます。時間が逼っているからなるべく単簡に説明致しますが、個人の自由は先刻お話した個性の発展上極めて必要なものであって、その個性の発展がまたあなたがたの幸福に非常な関係をおよぼすのだから、どうしても他に影響のない限り、ぼくは左を向く、君は右を向いても差支ないくらいの自由は、自分でも把持はじし、他人にも附与ふよしなくてはなるまいかと考えられます。それがとりも直さず私のいう個人主義なのです。

(略)

もっと解りやすく云えば、党派心がなくって理非がある主義なのです。朋党ほうとうを結び団隊を作って、権力や金力のために盲動もうどうしないという事なのです。それだからその裏面には人に知られないさびしさも潜んでいるのです。すでに党派でない以上、我は我の行くべき道を勝手に行くだけで、そうしてこれと同時に、他人の行くべき道を妨げないのだから、ある時ある場合には人間がばらばらにならなければなりません。そこが淋しいのです。

 

 

今も通じる個人主義の実感です。個人主義は孤立を恐れないことです。森律子も個人主義者でありました。

ちなみに私の持論は「個人主義は性格である」です。個人主義が根づかず、集団に依存する発想が強いムラ社会たる日本において個人主義を貫けているのはそういう性格の人です。個人主義なんて考え方を知らなくても、そういう生き方をしてしまう人。伊藤野枝も大杉栄も森律子も夏目漱石もそういう人だったのでありましょう。

 

 

フランスの個人主義は厳しい

 

vivanon_sentence私は「選択肢が多いほどいい社会」「人は人、自分は自分」「他人のことはほっとけ」「主語を日本人、男、女にするな」とずっと言っているわけですが、これらは性格的個人主義から発したものです。性格的個人主義はツメが甘い。

これに対して制度的個人主義はとことん厳しいとフランスを見て思います。

昨日は出かける予定だったのに、「ビバノンライフ」のまとめをやっているうちに遅くなり、しかも以下を読んでいたため、外に出られなくなりました。

 

 

2018年6月26日付WEBRONZAより

 

 

大変いい内容です。「市民に性差はあるのか」という問いの意味がすぐにはわかりにくいかと思いますが、もともとフランスでは公的な場面では「市民に性差はない」という考え方が貫かれてきました。男も女も関係のない個人として扱う。もちろん、個人の領域ではどういう個人であってもいいのですが、法的、政治的にはそういった属性のない市民が単位となります。

それを巡る議論がこの論考で解説されている「パリテ論争」であり、「ビバノン」で繰り返し取り上げてきた『読む辞典—女性学』で見たフェミニズム内対立は、主として「市民に性差はない」という立場と「市民に性差はある」という立場の対立です。「候補者男女均等法、リベラリズムからの違和感」によって、そのことがきれいに見渡せるようになって、便秘がやっと解消されたようで爽快です。私は便秘とは無縁で、むしろ常時下痢気味ですが。

クオータ制に対するフェミニズム内対立については「クオータ制に反対するフェミニストたち—日本の女性議員率 15」で、いたって簡単にまとめましたが、それをさらに深く解説したのがこの一文だと言えましょう。

 

 

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