松沢呉一のビバノン・ライフ

「変態とは?」に掲載された小説「豚娘」-[ビバノン循環湯 436] (松沢呉一)-2,052文字-

「スナイパー」の連載用に書いたもの。

 

 

豚娘と呼ばれた女

 

vivanon_sentence前に取りあげた「愛情生活」の特別増刊号「変態とは?」(昭和二七年十二月発行)にもうひとつ私の好きな小説が出ています。林嵩之介「豚娘」です。これもタイトルがいいですね。タイトルに負けず、内容もいいです。

豚娘の本名は時子。戦争前に、どこかから流れて村に住み着いた軍人の娘です。父親は戦死、母親も亡くなって、時子は十歳くらいから、一人で村のはずれで暮らしていました。親は軍人ということで、周りの人たちも時子を大切にし、また、その器量のよさから、大人になったら囲いたいとの下心もあって、村人たちは時子に食べ物やこづかいを与えていたのでした。

太平洋戦争が始まったある日のこと、十五歳になった時子は隣の家の息子に誘われて山に行き、そこで犯されそうになります。その時助けてくれたのが村の助役でした。しかし、結局は助役に犯されて、それ以降は助役の情婦のようになっていきます。

時子はすぐに性の喜びを知るようになって、年老いた助役だけでは満足できず、また、他の若い衆もほっとくわけがなく、戦争が終わると、十人近い男たちが時子の家に出入りするようになります。

時子としても、自分の体を提供することで食べていくことができることを知って、来る者は拒まなくなっていました。

 

 

結婚とともに太る豚娘とやせ衰える夫

 

vivanon_sentenceその中にいたのが米蔵です。彼は村長の息子で、外地帰りの将校です。米蔵は外地で変態的な性交を覚えてきて、それを時子に試します。やがて時子もその味を覚えて、体には皮バンドの痕が残され、気味悪がって他の男たちは敬遠するようになります。

時子と米蔵は昭和二二年に結婚します。親のない娼婦のような時子と結婚することを村長が祝福したわけもなく、親に反対された米蔵が時子のうちに押しかけて同棲を始めたのでした。

二人の住む家からは、時折、時子の叫び声が聞こえてくるようになり、それが時子の喜びの声なのだと村人も知るようになります。

結婚した時、時子は十二貫くらいだったのが、翌年には十五貫、その翌年には十七、八貫になっていました。一貫は3.75キログラムですから、結婚した頃は45キロくらい、最終的には63キロくらい。「背が低い」とあるので、この当時で背が低いと言われるのは140台の前半くらいでしょうか。それで63キロだとけっこうなデブでしょう。

しかし、否定的には書かれておらず、太ったら太ったで妖艶さを増し、セックスそのもののような存在と化していたとあります。

その代わり、米蔵は見る見るやせ細り、親族が心配して実家に連れ戻してから二ヶ月で衰弱して死んでしまいました。

精気を吸い尽くされて死んだとの噂が当然のように流れますが、そんな噂がかえって村の衆の好奇心を刺激して、またも彼女の元に男たちが通い始め、その肉体の虜になっていくのでした。

Two Fat Peasant Women

 

 

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