左褄はしきたりに非ず—古い絵葉書[付録]-[ビバノン循環湯 437] (松沢呉一)-6,111文字-
「女優たちが笑顔を作り出した—古い絵葉書[10](最終回)」の続きみたいなものです。
追記まで読むと、「芸者は左褄」という話は今とまったく逆の意味であったことがわかろうかと思います。左褄の芸者は売色芸者を意味した可能性が高いのです。
追記に加えた図版はネットの拾いもので、写真にリンクをしてあります。あとはうちにあるもの。
芸者は左褄のはずなのに
今回書いているような話は何も世間様に大声でお知らせするようなものでなく、そもそも興味を抱く人なんてほとんどいないでしょうけど、どうも誤解が広がっているようなので、修正しておきます。
土日を潰して「古い絵葉書シリーズ」を書いたわけですけど、内容が重複していたり、面倒になったりして、出さなかった図版があって、それを今朝方メルマガ用に解説をして配信しました。
そこにこんな写真がありました。
笑顔の舞妓です。笑顔の芸者写真はもういいかと思って使わなかったのですが、これを見て「あれ?」と訝しく思った人もいるかもしれない。右手で裾をもってますね。「芸者は左褄(ひだりづま)ではないのか」と。
「芸者は遊女と違って左手で左褄をもつことで、体を売らないことを矜持とした」といった話から、「左褄」は芸者の異名ともなっています。しかし、「遊女は右褄、芸者は左褄」は、ルールというわけでも作法というわけでもなくて、純粋に言語的な表現、あるいは文学的な表現だと私は見ています。
江戸時代のことまでは調べてないですが、芸者が遊女に対抗して自己主張するようになるのは近代のことですから(したがって、ここは「遊女」というより「娼妓」)、おそらくこの話自体明治以降のものではなかろうか(※目の付け所は正しいのですが、江戸の言葉でした。追記参照)。
古い写真を見ると右褄が多数
これについては以前メルマガで図版を多数使って詳しく見ていったことがあります。たしかに左手を使っているケースもある一方で、上のように右手でもっている写真も多数あります。
そうも裾から手を入れられるのがイヤなら、右手でも左手でも、両方の褄をつまめばいいだけです。事実、そうしていることもあります。
たとえば左に人がいるとしたら、腕が邪魔にならないように右手を使った方が礼儀作法に則っていましょう。
以下がまさにそういう状況。
写真の構図としてこの方がいいということもあったかもしれないですが、それにしても、厳密なしきたりだったら、こんな写真は撮らせないはず。
以下は美人の宝庫、新潟芸者です。美人かどうかまではよくわからんですけど。
室内なので、裾を持つ必要はないのですが、全員右手のようです。
戦後も同様。
これは戦後のものかと思います。
もっとあとの「京をどり」のパンフレットに芸者が一同に介した写真が出ていて、左右どちらもいました。状況次第でどっちだっていいのです。
どちらかと言えば左の方が多いかもしれないですが、利き手である右手は別の用途で使うことがあるため、左手で裾を持つ方がいいといった程度の理由かと思われます。洋装でバッグは左手で持つことが多いのと同じです。
怠け者の知ったかぶり
こんなもんだったはずなのですが、ネットで検索すると、あたかもそれが従わなければならないルールのように書いている人がたくさんいて、「これは訂正しておこう」と思った次第。
古い写真を何点か確認すれば済むことなのに、それさえやらずにいい加減な知識をひけらかしている人がいかに多いか。
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