松沢呉一のビバノン・ライフ

ジプシーとロマ—心の内務省を抑えろ[4](松沢呉一)-2,590文字-

「言葉狩り」を正しく使うべし—心の内務省を抑えろ[3]」の続きです。

 

 

 

文脈を問わず使うことを禁じられた言葉

 

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「ビバノンライフ」には時々ハーケンクロイツが登場します。「昭和国民礼法が定める言葉遣い—女言葉の一世紀 13」だったり、「ナチスの国家社会主義女性同盟を礼讃した吉岡彌生—女言葉の一世紀 141」だったり。サムネイルにも使っていますので、Facebookにもハーケンクロイツが流れることになります。

それを見て不快になる人がいるかもしれませんね。Facebookの投稿を読めば、それを肯定的に使用しているわけではないことがわかるようにしていますが、文章を検討する癖のない人たち、検討する能力のない人たちが文句をつけてくるかもしれない。

こういう人たちのせいで、ナチスに触れること自体ができにくくなり、この国で日の丸とともにハーケンクロイツを門の前に掲げた時代があったことが忘れられていく。原爆の恐ろしさ、戦争の恐ろしさを伝えることもできなくなる。『はだしのゲン』を学校図書館から撤去し、原爆資料館から蝋人形を撤去するしかなくなる。原爆や戦争は不快に決まっているわけで。

これが言葉に向けられるのが「言葉狩り」です。「不快になる人がいる」「傷つく人がいる」を理由に言葉を狩れば必然的に「それらについて触れることもできない」という結末がやってくる。

といったように、もともと「言葉狩り」は文脈、目的を問わず、言葉そのものを差別用語として封じるようなことを意味し、以下その範囲で「言葉狩り」を使用します。

杉田水脈議員の発言はLGBTを人権擁護から排除することを求めたものであり、これを批判することは「言葉狩り」とは言わない。ヘイトデモに見られるような「××人は日本から出ていけ」「××人を殺せ」を批判することを「言葉狩り」とは言わないのと同じ。

「言葉狩り」はたとえば「部落」「四つ」「屠殺」「盲」「唖」「片手落ち」「床屋」「運ちゃん」「ホモ」「レズ」といったように、それ自体に差別的な意味合いがない言葉を、差別的な文脈のないところで使用することまで禁じること、禁じることを求めること、使用したことを糾弾することを指します。

たとえば「穢多」という言葉は漢字に「汚れが多い」という意味合いが入っていますので、文脈の検討は不要ということになるわけですが、しばしば「言葉狩り」として問題になるのは、そのような意味合いが自動的に感得できない言葉です。その対象を蔑視し、侮辱する目的で使用される例を根拠とし、具体的には「私が傷ついた」「傷つく人がいる(かもしれない)」ということが差別用語であることの根拠になります。

※差別表現、言葉狩りについての本はけっこう読んでいるのですが、内容はあらかた忘れてます。ここに書影を出した本は実例が豊富に出ている点で多いに参考になったと記憶しています。

 

 

ジプシーかロマか

 

vivanon_sentence「ジプシー」という言葉は差別用語だとする人たちがいます。正しくは「ロマ」あるいは「ロマニ」だと。

私もジプシーという言葉の書き替えを命じられたことがあります。これはただ言葉を使用したのではなくて、放浪する人々の代名詞として使用していたため、ただの言葉狩りとは違ってきますが、「ジプシー」と書くだけでも直させられるケースがあるのです。

しかし、ロマはジプシーを構成する主要民族であるロマニの中の一民族名であり、他に多数の民族がいて、多数の名称があります。

その一覧はWikipediaにも出ています。これをすべて把握することは無理です。にもかかわらず、「ジプシーはよくない。ロマにすべし」と言えるのかどうか。

 

 

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