松沢呉一のビバノン・ライフ

婦選運動が選挙粛正運動と化して大政翼賛へ—女言葉の一世紀 146(松沢呉一)-3,903文字-

吉岡彌生を頂点に市川房枝やガントレット恒子らが結集—女言葉の一世紀 145」の続きです。

 

 

 

吉岡彌生が率いる選挙粛正婦人連合会

 

vivanon_sentence結局、婦選運動は戦争に負けるまで実を結ばなかったわけですが、この動きは別の形になって継続します。

 

 

昭和六年以後のわが国の状勢は、極めて急激な転換を見せ、政治会もまた全く想像し得なかったほど変化しました。婦選運動もこの社会状勢の激変につれて、当然、その方向を変へて行かざるを得ませんでした。しかも長年にわたる婦人の政治的訓練は、参政権の如何にかかはらず、広汎な各種の運動に自ら参加し、社会一般もまた婦人の活動を大いに促すものがありました。婦人運動は漸次、自治体に対する運動に発展し、政治的領域から広汎社会的または経済問題に参与するやうになり、さらに市民生活のさまざまな問題をとりあげて、政治と生活が如何に深い関係にあるかを如実に示すやうになりました。そして昭和十二年七月、支那事変が勃発するや、婦人は国家の要望に沿ひつつ、その地位向上に真摯な努力がつづけられ、銃後は全く婦人の手で守られてゐると申しても過言でないほどの状態になりました。

 

 

これを読んでもあっという間に婦選運動が体制翼賛、国家総動員に組み込まれていくことがわかりますが、その課程をもう少し丁寧に見てみましょう。

1935年(昭和十)には選挙粛正婦人連合会が結成されます。これは東京市と連携をした動きだったようです。

 

 

昭和十年八月七日、選挙粛正婦人聯合会が結成されました。この会は、府県会議員の選挙および衆議院議員の選挙に際して、婦人の立場から粛正運動を行ふことを目的としたもので、三十五の婦人団体が参加した大規模な組織でありました。いまその結成当時の顔触れをあげれば委員長吉岡彌生、書記市川房枝、会計ガンド(ママ)レット恒子、田中芳子、常任委員には大妻コタカ、金子しげり、村上秀子、守屋東、千本木美智子さんなどで、選挙粛正中央連盟が、全国的に粛正運動を行ったのですが、不事件の方の運動は、選挙の粛正とともにこれらを通じて婦人の政治意識向上に大いにつとめました。

 

 

市川房枝や金子(山高)しげりらがガントレット恒(子)、守屋東、千本木美智子ら矯風会の人々と名を連ね、大妻学院(大妻大学)創設者である大妻コタカなどの女流教育家も加わり、そのトップが吉岡彌生であります。

ここでは妾がいる人、遊廓、待合、芸者屋のような職業を持つ議員を指弾して、政界の「廓清」を求めていきます。与謝野晶子が見抜いていた婦人運動と矯風会の共通点が見事に露になっていったわけですし、これは半ば官製の運動でありました。

これが1937年(昭和十二)に東京愛市連盟婦人部となり、吉岡彌生が実行委員長、金子しげりが幹事、市川房枝が常任委員となります。この結成大会は日本青年館で行われ、日本青年館は全国の青年団の連合体が運営していたもので、日本連合女子青年団の会長が吉岡彌生でありますから、吉岡彌生は次々と婦人団体を牛耳っていったことがわかります。

ここにおいて、婦人運動家たちは国家主義者たる吉岡彌生の軍門に下ったと言っていいでしょう。事実、これ以降、市川房枝ら婦人運動家たちはファシストへと変貌していきます。

※『婦人公民権の話』(昭和四)には市川房枝が「婦人公民權の獲得より行使へ」を執筆

 

 

吉岡彌生と市川房枝の関係

 

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市川房枝の動きについては進藤久美子「準戦時体制下の市川房枝」に詳しい。詳しすぎて私は把握しきれていないのですけど、ざっと読んだところでは、市川房枝にとって、吉岡彌生は、あとからやってきて主導権をもっていくイヤな存在だったようです。

ここで確認をしておきます。私が知っている市川房枝(知っていると言ってもテレビで知っているだけ)は最初からおばあちゃんです。しかし、吉岡彌生よりずっと年下です。

吉岡彌生は1871年(明治四年)生。市川房枝は1893年(明治二六)生。山高しげりは1899年(明治三二)生。奥むめおは1895年(明治三八)生。昭和十二年、吉岡彌生は六十歳で、市川房枝と奥むめおは四十代、山高しげりは三十代。

年齢だけじゃなく、吉岡彌生は地位もあり、金もあり、教育関係や政治関係にも顔が利く。二十歳以上年下の市川房枝らは抵抗しきれず、吉岡彌生に従うしかなかったのでしょうし、市川房枝はそれを苦々しく眺めていたようです。

 

 

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