松沢呉一のビバノン・ライフ

オカマ論争を振り返る—心の内務省を抑えろ[9](松沢呉一)-2,531文字-

伝説のオカマ・東郷健—心の内務省を抑えろ[8]」の続きです。

 

 

 

「オカマ論争」の始まり

 

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今になって「オカマ論争」を蒸し返すのは、思い出に浸りたいのではなくて、「当事者」とされる個人が「傷ついた」とすることが差別の証明にはならないこと、熟考することなく個人の感覚で差別か否かを正しく判断することはできないこと、「差別用語」を認定して葬ることは差別の解消にならないこと、場合によっては差別を強化しかねないをこれほどよく教えてくれる例はないからです。

この背景は相当に複雑であって、Twitterの140文字ごときで説明できるようなものではありません。何も考えず、何も調べずに判断できるようなものでもありません。すぐに差別表現だと決定してTwitterで騒ぐような連中は議論にとってただのノイズです。

オカマ論争」は、2001年6月15日号の「週刊金曜日」から始まります。この号に掲載された、ライターの及川健二による東郷健のインタビューのタイトルに「伝説のオカマ」とあったことから、これを問題にした団体がありました(直接これに抗議したのは代表の一人ですが)、編集部はそれに対して謝罪をする特集を組み、今度はそれ対しての批判が出たという流れです。私はこれを差別だとする編集部を批判する側でした。

「オカマ」という言葉は東郷健自身が積極的に使用していたものでしたし、「オカマの健さん」といった呼称もよく使用されていまた。言うまでもなく、このインタビューで唐突に使用したものではなく、そのタイトルは本人が望むところでもあったでしょう。なぜそれが差別になるのか。

※『「オカマ」は差別か』は入手が難しくなってしまいましたが、高い金を出して買うんだったら、「ビバノン」を講読すればいいと思うぞ。サブタイトルが「反差別論の再構築へ〈VOL.1〉」となっていて、VOL.2に、私がネットに連日書きなぐっていた内容をまとめる予定だったのですが、突き詰め切れていない感じがあって、出すのをやめたため、あとが続きませんでした。今も突き詰められている自信はないですけど、あの頃よりも一歩踏み込めていると思えていますし、踏み込めていないとしても、相も変わらず、「差別用語だ」と指摘することだけで「差別と戦っている」なんて錯覚に陥っている人たちがゴロゴロいる中、何度でも同じことを問う必要があろうと思っています。私がやったところでちいとも影響力はないけれど。

 

 

必要だった議論を飛ばして謝罪した「週刊金曜日」

 

vivanon_sentenceゲイボーイの時代に活動をスタートした東郷健は「ゲイ」という言葉をよく使用していたのはすでに述べた通り。そして、蔑視とともに「オカマ」をも引き受けて、自身の呼称としたわけですが、編集部はその生き方を否定したに等しい。

たしかに「オカマ」という言葉で蔑視された経験を持つ人たちにとっては雑誌記事のタイトルに使用されるのも耐えられないかもしれない。いかにそれが肯定的な使用であろうとも。「私は傷ついた」という当事者の言葉が差別用語であることの証明であるなら、まさにそれは差別用語であることに疑いはないでしょう。

しかし、英語圏において「クィア」という言葉によって蔑視され、笑われてきた人が、そのことをもって抗議した時に、肯定的な「クィア」の使用をも引っ込めるべきなのかどうか。英語ではよくて、日本語ではダメなのか? 戦略的に集団が使用した場合はよくて、東郷健個人だとダメなのか?

ゲイやレズビアン、オネエという言葉で傷ついた当事者がたった一人でも名乗り出たら、それも差別用語として葬るのが正しいのか?

 

 

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