松沢呉一のビバノン・ライフ

仕事を始める前と後で変わった認識—要友紀子著『風俗嬢意識調査』の注目すべき数字[上][ビバノン循環湯 457] (松沢呉一)-4,401文字-

要友紀子著『風俗嬢意識調査』の読み方」に続いて、『風俗嬢意識調査』の発売前に書いた原稿です。四国で出ていた風俗雑誌「Ping(ピン)」の連載用に書いたものなのですが、文章が途中で終っていて、おそらく書き直す前のものです。掲載された完成ヴァージョンはどっかの単行本に入れたのかもしれないですが、どうせ読んでいる人は少ないだろうし、読んでいても忘れてましょうから、循環しておくことにしました。断片的な文章が続く最後の方はカットしていて、原稿としてのまとめがないまま終っていること、また、「要友紀子編『風俗嬢意識調査』の読み方」といくらか内容がかぶっていることをお断りします。

今回と次回使用した写真はニューオリンズの写真家ジョセフ・ベロック(John Ernest Joseph Bellocq)(1873 – 1949)の作品です。生前は広告写真家として活躍し、死後、机の中から89枚のガラス板(昔のネガ)が発見されます。それらは1912年頃、ニューオリンズの紅灯街(売春街)であるStoryvilleで撮ったものでした。今なお事情はまったくわからないながら、仕事として撮ったものではないでしょう。当時写真家の需要が高かった絵葉書用の写真とはあまりにテイストが違う。この頃はまだ米国でも写真印刷は高かったはずですから、雑誌にこういった写真が掲載されるなんてこともなく、公開前提だったら、女たちはここまで撮らせなかったと思われます。必ずしもきれいに見えるわけでもなくて、もっと写真家の作品寄りです。

女の背景にヌード写真が飾られている写真があり(下の写真)、おそらくこれらはベロックが本人たちにあげたプリントなのだろうと思います。本人たちにあげる代わりに自分の作品撮りをさせてもらったのではなかろうか。表情も自然で、信頼関係のもとで撮られたものです。顔を消してあるもの、マスクをしているものも複数あります。被写体になった女たちの数からして、また、屋外で撮っているものもあることからして、売春街全体の信頼を得ていたのではなかろうか。一世紀前にそこまでしていた写真家がいたのに、半世紀前でもこの国では売名と金儲けのために決死の冒険家気分に酔いながら隠し撮りをする写真家たちがいて、いまなおそれをやっている写真家がいるのはどういうことなのでしょう。

Wikipediaによると、ジョセフ・ベロックのこれらの写真は1970年にプリントされて美術館で公開されたとあります。その前に公開されていた可能性もあるのですが、その時期は不明。もしそれまで公開されていなかった場合は、初公開の時点での法に従って、死んだ時点からの起算で著作権切れってことになるはず。ジョセフ・ベロックの人格権上、本人が生前公開していなかった写真を公開するのはどうなのか、被写体の肖像権上、合意していなかった写真の公開はどうなのかの問題はあるのですけど、それはもっぱら最初に公開した人たちの問題でしょう。

なお、この人のことはPintrestで気になる写真があって名前を認識し、そこから検索してどういう人かわかりました。最初に気になったのは次回の最後に出てくる写真です。特別これがよかったわけではなく、これはどういう状況で撮られたのだろうという疑問が生じたのです

 

 

Facebook John Ernest Joseph Bellocq

 

 

 

要友紀子著『風俗嬢意識調査』について

 

vivanon_sentence前にこの連載で、風俗嬢たちのエッセイ集『ワタシが決めた』(ポット出版)を紹介したが、高松と松山の紀伊国屋の数字を見てビックリ。全然売れてないでやんの。「Ping」の読者は誰も買ってくれなかったと見える。第二弾の原稿や風俗店の従業員の原稿も募集中だが、中四国からはまだ一本として原稿が届かない。読者がいないんか、この連載。まっ、「Ping」に限らず、風俗誌の文字ページを読むバカはおらんですからね。私もほとんど読まないし。

気を取り直して、これから出る本のお話。『ワタシが決めた』と同じポット出版から、間もなく要友紀子著『風俗嬢意識調査』が出る。これは都内および横浜のヘルス系風俗嬢(イメクラや性感を含む)126名に直接会って、仕事に関する意識調査をしたものだ。

店を通し、この調査に協力してくれることを承諾してくれた風俗嬢が対象になっているため、そこにいくらかの偏りが生じている可能性はある。即日予約で埋まってしまうようなタイプは10分だって惜しく、店は最初から彼女には打診しまい。顔が出るわけではないのだから、取材を受けられるか否かとは無関係だが、取材でもこういったアンケートでもすべて「かったるい」と断るタイプは当然対象になっていない。

ただ、私の経験からすると、アンケートの類いや顔を出さなくていい取材についてはわりと面白がるのが多い。いい暇潰しになるからだ。その数値を見ても極端に偏っているとは思えない。以下に見て行くように、私が予想していた数字と違う結果も出ているのだが、その数値の差も決して大きなものではない。

Marguerite Griffin, Storyville, New Orleans

 

 

仕事を始める前とあとで変化した風俗イメージ

 

vivanon_sentence戦後間もなく、街娼や赤線従業婦の調査は何度か行われているが、売春防止法以降はパッタリとなくなり、街娼の公的調査はあるものの、店舗については雑誌がたまに小規模な調査をやっているくらい。その点でも、この調査は画期的なものと言える。

昨年の春から作業をやっているのに、なかなか進まず、見るに見かねて私も手伝っているのだが、その数字の貴重さを繰り返し実感している。おそらく風俗産業の現場を知らない人たちが何より驚くのは、仕事に対する前向きな姿勢だろう。もちろん、今でも「借金のためにイヤイヤやっている」というワケありの層が存在していることは数字からも読み取れるのだが、それ以上に颯爽と仕事をしている人たちが多いことがよくわかる。

例えば、「仕事を始める前と始めてからでは、風俗に対する見方はどう変わったか」という質問では、75パーセントつまり4人に3人は「変わった」と答えていて、24パーセントは「変わらない」と答えている。「変わった」と答えている人の7割から8割が、マイナス・イメージからプラスのイメージに転じていて、それ以外も、「安易に稼げる仕事」から「けっこう大変な仕事」といったように、仕事内容の無理解さから来た変化が中心になっている。「変わらない」と答えた人のほとんどは、最初から、正しくこの仕事を把握していて、マイナスイメージが維持されたというわけではない。

 

 

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