松沢呉一のビバノン・ライフ

文字数ケチって情報劣化—障害者スポーツのポスターと「#ケチって火瓶」(松沢呉一)-2,509文字-

 

誰もが陥る可能性のあるミス

 

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ある会社に学ぶ性差別と学歴差別の実情—差別か否かを見極める」を出した日、その内容とリンクする記事が出てました。

 

2018年10月16日付「毎日新聞」より

 

 

経緯を見ると、もとの言葉は杉野選手の経験から導き出された決意表明です。

 

 

批判を受けたのは、パラバドミントン(パラバド)の杉野明子選手のポスター。杉野選手が過去のインタビューで語った「健常(者)の大会に出ているときは、負けたら『障がいがあるから仕方ない』と言い訳している自分があった。でもパラバドでは言い訳ができない。負けたら自分が弱いだけ」という言葉を元に、都が自らコピーの文章を作成。

 

 

そこから「障がいは言い訳にすぎない。負けたら、自分が弱いだけ」というコピーにしてポスターに出すと、その受け取られ方は相当に幅が広くなり、真意が伝わりにくくなります。このシリーズを何点か見れば、それぞれ取り上げられている選手自身の言葉であることがわかりましょうけど、これだけを取り出すと、いかに選手の名前が添えてあっても、誰が誰に向けた言葉かわかりにくくなり、杉野選手に、また、広く選手一般に、誰かがこう呼び掛けているようにもとらえられます。

よくやるように、前後に「“”」をつければ杉野選手の言葉だとわかりやすくなったでしょうけど、「健常者の大会」と「パラバドミントン」というふたつの前提の違いが読み取れないので、なお意味が広がってしまいやすい。

その前提と言葉の意図を知っている人たちにとっては、一部を切り取った時もまだそこに真意が残っているようにとらえられてしまう。これは誰しも陥る錯覚です。「そのくらいわかれよ」と思ってしまうけれど、切り取られたものだけを見た人は「わかんねえよ」になる。

この例は結果だけ見て叩くだけではなくて、その経緯を見て自分にも起き得ることとして教訓にしたいものです。私は大いに教訓にしました。

 

 

いい話にも思え、ひどい話にも思える言葉

 

vivanon_sentenceある会社に学ぶ性差別と学歴差別の実情—差別か否かを見極める」も一部だけ切り取るとひどい話に見えてしまう。男女を同じ条件で採用していただけの会社でも、条件を満たす女子が少なかった時代には必然的に女子の採用が少なくなるわけですが、そこまで見ず、数字だけ取り出すと、ひどい男女差別が横行しているように見えてしまいます。

後半に出てくる課長の発言も、自身が女性であり、女性が出世できる会社であることがわからないと、ひどい発言をしているようにとらえてしまう。男子社員の卒業学校や学部をあげつらったことも、その背景と意図がわからないと、学歴差別に見えてしまう。

議員、医師、弁護士、建築士などにおいて女性が少ないのも、表層の数字を見ただけでは、それが何に起因するのかはわからない。現実には男女の大学の選択、学部の選択、専攻の選択に格差があることが大きな原因になっていて、そこを改善しなければならないのですが、そこまで考えが至る人は少ない。

書いたあとあとで思い出しましたが、「ある会社に学ぶ性差別と学歴差別の実情—差別か否かを見極める」の舞台である会社では「偏差値高い系女子校→偏差値が高い大学の法学部」というコースを経たのが何人かいるそうです。

全体からすれば偏差値高い系女子校出身者の数はそう多くない。東京で高校卒業をする女子数は一年でざっと5万人。

平成28年度版ですが、以下のグラフを参照のこと。

 

ナレッジステーション「都道府県別高校卒業者数と進路(主要)/平成28年度」より

 

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