ある会社に学ぶ性差別と学歴差別の実情—差別か否かを見極める(松沢呉一)-6,395文字-
今回の話は雑談で聞いたものなのですが、大変示唆に富む内容で、教えてくれた人物に改めて「この間の話を書いていい?」と聞いたら、「できれば購読者限定で」とのことでした。いかにいい話でも、社内の情報を会社に無断で外に出すことは褒められたことではないし、一部を取り上げると誤解されかねない内容なので、どこの会社かわからないようにした上で、メインのエピソードは購読者限定にしました。日経新聞とか小中学校の教科書とかに出して欲しい話なんですけどね。
長いのですけど、そういう事情なので、一度に出します。
図版はWorking Womenで検索して出てきた著作権切れの写真です。ルイス・ハインがいっぱいひっかかります。いいものはこれまでに使用しているので、一点のみ使用。著作権が切れてないかもしれないものが混じってますが、たぶん切れてるってことで。この過程で「要友紀子著『風俗嬢意識調査』の注目すべき数字」で写真を使用したジョセフ・ベロックにまつわる面白い写真を見つけました。最後に出てきます。
女性差別にも見える現象の内実
ただ淡々とした会話の中で、驚くわけではなく、大笑いするわけでもなく、涙が出るわけでもないながら、いろんな意味でいい話を聞きました。
おもに行政相手の業務をやっている会社の社員から聞いた話です。この会社では法律の素養が必須です。行政法だけでなく、いざ省庁と交渉するとなれば、それぞれの関連法や条例も知っておかないと話が進みにくい。
そのため、社員のほとんどは東大、一橋、早稲田、慶応、上智、明治、中央などの法学部出身者です。法律の素養があれば、知らなかった法律でも、改めて条文を読んで理解して対応できます。
しかし、前提となる素養がないと話についていけず、調べることも容易ではないため、相手に信頼されない。また、わかった気になっているととんだトラブルになりかねない。
法学部劣等生の私でさえも、すぐに「ルールはどうなっているんだろう」と調べる癖があって、そこを確認した上でどうあるべきかを考えます。その点は法学部で養ったものかと自分でも思えていて、こういう会社が法学部偏重なのはゆえなきことではないのでしょうし、学部を問わず、法の理解ができているか否かを選考条件にしても、同じ結果になりましょう。
かつては法の素養のある学生を優秀な順に採用していくと、男ばかりになりました。だからこの会社の一定年齢以上は男しかいません。総務や経理にはいるのかもしれないけれど。
そもそも法学部出身の女子が圧倒的に少なかったのですから、必然的にそうなってしまうのであって、男女差別とは無関係です。
※Lewis Hine | Group of girls and women working in Aragon Mill, Rock Hill, South Carolina, 1912
追記:その会社が法学部出身者を優先するのは行政からの要請でもあるそうです。入札の条件として「担当者は大学で法学を履修していること」という一文が入っていることがあります。これは業務内容によりけりで、場合によっては「土木を履修していること」なんて条件だったりするのかも。とくにそういった条件のない場合は文学部でもいいとして、現に必要とされることがあるのは法学部卒であるなら、法学部を優先的に採用しますわね。
社会が変われば会社は変わる
こういうケースにおける男女不均衡の改善は無理矢理数字を等しくするのでなく、高校の段階で、大学や学部の決定における不均衡を改善することでなされるべきなのはここまで繰り返してきた通りです。男女の大学進学率がほとんど変わらなくなり、短大を入れると女子が多くなっていても、学部や専攻についてはなおはっきりと男女で違う。そこを改善しないとどうにもならない。
この会社が男女数を等しくするために文学部出身の女子ばかりを採用すると業績が悪化するのは目に見えてますから、その前提が変わるのを待つしかありませんでした。
そこは着々と変化してきていて、この会社でも新卒女子の応募が増え、男女が逆転した年もあって、今年、会社創立以来初めて20代社員の男女数が等しくなりました。
会社の方針が変わったのではありません。女子学生の専攻が、長い目で見ると著しく変わったのです。東大法学部はなお女子率が10パーセント台ですが、一橋大学や早大の法学部は30パーセント台、慶応大学法学部は40パーセント台、上智、立教、青学など、女子率の高い大学では50パーセント前後になっています。
この例において「男しか採用されない会社」の内情は「女を採用したくてもできなかった」ということに過ぎませんでした。こういう会社ですから、男女雇用機会均等法を遵守でしょうけど、そう簡単には数字合わせはできず、法学部出身の女子が増えたことによってこれが実現したわけです。
女子率が50パーセントに達している法学部はなおほんの一部であり、とくに女子大に法学部がほぼない現状では当面全体が等しくはならないですが、法の素養がある女子を男子と等しく採用する会社には成績のいい女子が集まりやすいため、この会社では半数に達したってことかと思われます。
社会のすべての不均衡がこういったタイプのものであるはずもなく、同じ学校の同じ学部、同じ専攻、同程度の成績でなお格差はあるのだろうと想像はするのですが、しばしば条件を揃えずに「こんなに女子は不利」とやっている情報については眉に唾をつけざるを得ません。
その中にはこの例のように、「法学部卒業生が採用されやすい」という会社が少なからずあって、全体で見た時にはなお法学部の男女比は不均衡がありますし、「経済学部卒業生が採用されやすい」「理工系が採用されやすい」という会社もありますから、それらのすべてを性差別だとすることはできません(専攻に偏りがあることもまた広く差別だと言い得るにせよ、これは会社の問題ではない)。
一見女性差別に見えることも、その中身を検討しないととんだ間違いをしてしまい、正しく改善ができないのです。
いい話はさらに続きます。
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