松沢呉一のビバノン・ライフ

憎悪の連鎖は止められるのか?—高橋源一郎の提言[下](松沢呉一)-3,737文字-

文芸系とノンフィクション系のアプローチの違い—高橋源一郎の提言[中]」の続きです。

 

 

 

まず読む

 

vivanon_sentenceあくまで仮の分類ですが、「文芸タイプ」は相手を人として見て、その内面までを想像する。高橋源一郎の言葉では「この「全作品を読む・見る・聞く」システムは、相手をリスペクトする以上の意味がある。相手を理解し、好きになることができるのである」という部分。

「文藝評論家」小川榮太郎氏の全著作を読んでおれは泣いた」を読むと、「新潮45」に小川榮太郎が書いた「政治は「生きづらさ」という主観を救えない」を好きになっているわけではないながらも、文芸評論家としての文章に対してはリスペクトがあって、その分裂に高橋源一郎は泣いています。

私が「相手の書くことを読むべし」と考えるのはこれとは違って、「事実を確認することはデマの発生と拡散を食い止める方法になる」ということとほとんど同じ意味です。

デマを愛することなどできるはずがない。意図的にデマを流す人間も信用ができるはずがない。うっかりであっても、それを撤回しない人は信用できない。それがデマなのか事実なのかを検証することはデマを食い止める有効な方法です。

少なくとも批判対象になる部分は読むこと、言い換えれば読んだ部分しか批判しないことは「憎悪の連鎖」を食い止めるひとつの方法になるのではないか。言葉遣いが丁寧か乱暴かなんてことはどうでもいい。同じ文章を何度も読むことで、人を理解することはできなくても、その文章はより理解できる。

相手が何を言っているのかを正確に知ってその範囲で語る限りは無闇な拡大はしなくて済む。批判は批判すべき範囲に留まる。批判された側も具体的に指摘されることでこそ、自身の問題点に気づける。対立する点が明確になることによって、第三者も判断がしやすくなる。つまり議論が成立するのです。

相手が言っていることを確認しないと議論が成立しない。「そんなことはどこにも書いていない。どこに書いているのか言ってみろ」ということになって、中身の議論に入れない。

関東大震災における朝鮮人虐殺を見ても、デマは憎悪をかきたてます。混乱の中で実際に確認できたかどうかは置くとして、本当に井戸に毒を入れたなんて事実があったのかどうかをまず確認しようという姿勢があったなら、ああまでひどいことにはならなかった可能性があります。

最低限このルールさえ守っていれば「ベルク炎上騒動」がああもこじれることはなかったでしょう。

そう考える私としては、文芸評論家としての主張と、現在の小川榮太郎の主張とを比較して、その矛盾を抽出するところまではいいとして、その内面を推し量って情緒的反応になるのは、記述されない内面に踏み込んだ感がなくもない。「泣いた」というのは比喩的表現だとしても。

というところに若干の疑問は生ずるのだけれども、方向は違いつつ、どちらも「相手の書いたことを読む」という点では共通しています。批判するなら読まなければダメです。

 

 

読まない罵詈雑言は憎悪を拡大する

 

vivanon_sentence新潮45」10月号はあっという間に店頭から消えたようなので、読まないのはやむを得ないところがあるのですが、そういう事情がなくても、こういう時に「新潮社を儲けさせるのは悔しいので、絶対読まない」と宣言する人がいます。

はっきり間違いです。もし本当にそう思うなら、黙っているのが賢明です。そうやって騒げば騒ぐほど買うのが出てきます。「そこに何が書かれているのか正確に知りたい」と思って買うのは何も間違っておらず、むしろ褒められていい姿勢ですから。

不買運動も同じ。効果のある不買運動もあり得るにせよ、総合出版社について出版社単位で不買をすることを呼びかけ、それに同調するのは本を読まない人たちかと思います。著作権切れで各社が出している名作ものは別にして、出版物は交換不能なものが多いため、「新潮社のものは買わない」なんてことになると、自身が必要な情報や娯楽を得られなくなって損をします。

そんなことをするなら、どういうアプローチであれ、原文を読んで的確な批判をした方がいい。どこがどう間違っているのかをさまざまな人が書いた方がいい。

「儲けさせるのは悔しい」という気持ちはわかりますが、適切な批判をすることで編集者や執筆者が考え方を変えるかもしれないと思えば、また、同様のものが出にくくなると考えれば、あるいは同様の言論について多くの人が同調しにくくなれば、数百円があちらのものになったところで惜しくない。

また、いざ読んでみたら、さほど問題のない内容だったとわかった場合は、そのことで元はとれます。

 

 

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