松沢呉一のビバノン・ライフ

路上が最高の出会いの場—銭湯に見る人間関係[6](最終回)(松沢呉一)-3,250文字-

湯には町が映し出される—銭湯に見る人間関係[5]」の続きです。

 

 

 

下町の銭湯は活気がある

 

vivanon_sentenceつい先日、葛飾区高砂(柴又の隣)の銭湯に行ったら、人が多く、活気がありました。早い時間帯だったので、全員老人だったのですけど、洗い場でも脱衣場でも誰かしらが会話をしていてました。

「お先に」「おやすみ」といった挨拶も頻繁に聞かれました。まだ「おやすみ」には早かったですけど。銭湯での別れの挨拶は「おやすみ」が似合います。

何十年もの間同じ銭湯に通っている人たちでしょう。ここは本当の下町であり、京成高砂駅からもほどほどの遠さで、高層マンションが建つような場所でもない。人の出入りが少ないのだろうと思います。単にこの瞬間、外からの人は私しかいないという意味だけでなく、転出・転入が比較的少ない。

小学校も中学校も同じで、それ以降は学校も職場もバラバラながら、町内会の祭りや消防団の活動で顔を合わせ続けてきたような関係だったり、同じ商店街で店をやっていたり、家族ぐるみで仲良くしていたり、親戚だったり。私以外は全員なにかしらのつながりがある人たちではないかと思えるくらいに和気藹々としてました。

ここで誰かが亡くなったら、翌日だって、もっと悼む言葉や思い出話が次々と出てきそうです。いつが通夜でいつが葬儀かの確認もなされるでしょう。それが終わってもなお亡くなった人の話が出そうです。

こういう場所もなおあります。こういう関係ができている銭湯に長く通えばおそらく輪の中に少しは入れることもあるでしょうが、こういった銭湯からどんどん潰れています。活気があるのは早い時間帯だけ。下町の銭湯は終わるのがだいたい午後十時から十一時です(東京の西側の銭湯は十一時から十二時が多く、一時までやっているところも少なくないし、二時までやっているところもあります)。夜は人が来ないのです。

スーパー銭湯化して成立するのは駅からほど近いところにある便利な銭湯、休みの日には近くのマンションに住んでいる人たちも家族で入りにくるような銭湯、観光客も来るような場所にあるような銭湯であり、こういう銭湯は生き延びます。しかし、そういう銭湯では濃い人間関係が形成されることはないわけではないけれど、難しい。

※高砂にある怪無池(けなしいけ)。表面は蓮で覆われています。この名称の由来はいくつか説があって、そのひとつに「陰毛がないことを苦にしてここに身投げした娘がいた」というものがあります。かつここには白蛇伝説もあって、どっちの意味でも私向き。今も白蛇がいると言う人も地元にはいました。白蛇はともかくヘビはいます。中川のすぐ脇ですから。池の横にある家の人に聞いたら、区は整備したがっているのですが、地権者が複雑で手を出せないとのことでした。以下は正確かどうかわからないのですけど、ここは隣の青龍神社の所有地です。小さな社があるだけの神社で、氏子の共同管理になっていて、土地も氏子の共有地らしく、それが複雑だとのこと。代替わりをした場合、書類上、誰がその権利を引き継ぐのかがわからなくなっていたり、そもそも権利と言っても明文化されていないものだったりもしそう。この周辺は出入りがさほどないエリアだとしても、転出した人もいるでしょうから、連絡がとりにくかったりするのだと思われます。あの池は放置だからいいとも言えて、ヘビやカエルが棲みやすいのですけど、以前は底に溜まった泥やゴミをかきだすことを定期的にやっていたのに、それをやる人がいなくなったため、そのうち池ではなくなるのではないかとその人は心配してました。

 

 

犬が人をつなげる

 

vivanon_sentence利用客が多い都市部の電車だと難しいでしょうけど、毎朝、同じ時間にバスや電車に乗って学校や会社に行くと、同じ団地の人と顔見知りになって挨拶をするようになることもあるでしょう。銭湯よりもまだしもバスや電車の中で話し続ける関係になることがあるかもしれない。バスや電車だったら、乗っている間は話し続けることができますが、銭湯では一分二分で会話が切られてしまうため、深みに行きつけない。

路上や公園で会った人と長話になることがよくあります。前々回書いたように、とくに子どもらとは仲良くなりやすくて、一緒に「チンコ、チンコ」と連呼して遊ぶことがあります。

銭湯でも子どもと話すことはありますが、子どもは親と来ているので、そうも仲良くなることはない。親と子という関係に第三者は入り込みにくい。ただ、子どもが媒介になって、親と会話をする契機になることはありそうです。

先日、女子高生たちが、路上で「ドッグランに行くとどんどん知り合いが増えるよ」という話をしてました。信号待ちの時に聞こえてきただけなので、詳しくはわからなかったのですが、「彼氏が探せるかも」というニュアンスでもあって、他の子が「エー、行く行く」と言ってました。路上で女子高生がイクイク。

 

 

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