松沢呉一のビバノン・ライフ

土地国有論と禁酒運動批判—実業家にして社会改革論者・秋守常太郎[上](松沢呉一)-3,030文字-

これは何かのシリーズとして書いたものなのですが、長くなりすぎたためか、ほとんど完成していたのに外し、独立したものとして出そうとしながら、そのまま忘れたようです。自信なさげな言い方ですが、あんまり覚えてないのです。タイトルも変えているので、どこからの派生かよくわからず、WordPressのリビジョンを確認したら、「『女工哀史』を読む」シリーズでした。矯風会を批判していた平塚らいてうらに続いて、矯風会を批判していた人を取り上げようとして、加筆しているうちに話がずれすぎたってところか。

偶然にも菜食主義で禁酒・禁煙—ヘンリー・フォードとナチス[4](最終回)」のラストとつながっているとも言えるので、この機会に復活させてみました。それでも長いので、さらに小分けにして、秋守常太郎については三回で終わります。

 

 

 

秋守常太郎という人物

 

vivanon_sentence今の時代に取り上げられることはほとんどないが、秋守常太郎という人物がいる。

私も未だ詳しいことはわからず、生年も没年も不明で、本人の写真も見つけられていない。戦前の本にはしばしば著者の写真が巻頭に入っているのだが、それもない。

秋守常太郎の旅行記では観光写真が入っているし、登場人物の写真が出ていることもあるのに、本人が写っていない。自身の考えを主張する欲求はあっても、自分自身を目立たせたいとか、売り出したいみたいな欲望がなかった人なのだろうと思う。

この人についてざっとわかっていること。秋守常太郎は学校を辞めて岡山で親の仕事だった木炭の事業を引き継ぐが、請われて鉄道会社に勤務したあと、木炭事業に戻り、関西や九州地方にまで進出し、これで財を築いた。

相当に余裕があったと見えて、国内だけでなく、世界各地を旅し、その旅行記を多数出している(その多くは自費出版)。旅行記では「ここ行った、あそこに行った」という内容ではなくて、そこで何を考えたかを語っている。

また、経済に一家言あって、一般の新聞社や出版社から経済関係、労働関係の著書も出しており、中でも画期的なのが『土地国有論』(大正九年)であり、これで氏は広く名を知られるようになったらしい。

 

 

秋守常太郎の土地国有論

 

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土地国有論の論旨をざっと述べておく。

小作農が苦しいのは、借地料と税金のためである。土地は古来そこにあったものなのだから、個人が所有すべきものではなく、まして先祖から引き継いで土地を所有するものは自身の労働によって得たものではない。

これを解決するために国が土地を買い上げて国有化し、その利用をする人や店、会社は借地料を国に支払い、政府はその収入を財源として、他の税金はなくす。政府を小さくし、人民に対しては自由に経済活動をさせる。

というもの。

共産主義の土地国有論とは違って、自由主義を徹底するための土地国有論であり、鉄道や発電など、公共性が高く、土地に密着する産業以外は国有化しない。社会主義・共産主義・無政府主義、さらには労働運動もたびたび批判していて、社会主義や共産主義と相容れないのは、個人があるからだといったことも書いている。そのような言い方はしていないのだが、個人主義者なのだ。

しかしながら、それらからも吸収していると思われて、警察力の削減と自治管理の考え方は無政府主義の影響か。

今で言えばリバタリアンに近い考え方かと思うが、「小さな政府論」の欠陥として挙げられる「富の偏在が起きて、貧富の差が拡大する」という点については、それ自体が富の集中をもたらす土地という資産が存在しないため、富の固定と蓄積がなされにくくするということだろう。

※本人の写真は見つからないが、著書『樺太土産』(昭和四年)に娘の写真が出ていた。別に見たかないか。娘幸子はこの一年前に死去しており、この本はその追悼で出されたもの

 

 

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