好きな男ができたの—恋多き女の口癖-[ビバノン循環湯 483] (松沢呉一)-3,846文字-
内容が微妙だったので、ずっと寝かせていて、数年前にメルマガで初公開した原稿だったんじゃなかろうか。原文は15年くらい前に書いたものかと思う。
写真は適当。前に使ったものがあるかもしれないですが、気にしないでください。後半はそれらしき著作権切れの写真を探したのですが、いくらなんでも無理があったか。
好きな男ができたの
旅先で取材をした風俗嬢が、インタビューを終えたところで、こんな話を始めた。
「好きな男がこっちでできたの」
彼女はこの地の出身ではない。もともと別の場所で風俗嬢をやっていたのだが、その店がこの地に進出する際に、応援組として送り込まれたのだ。ちなみにその前にいた場所も出身地というわけではなく、出身地であるAという場所から、Bという場所に出てきて風俗嬢となり、それからCに移り住み、そこで働いている店がDに進出したために彼女もこのDという場所に今はいるというわけだ。
という経歴からもわかるように、彼女はすでに30代になっているが、それだけにこの仕事のことはよくわかっていて、店としても、信頼できる人材なのである。
「でね、その人は、すごくいい男で、体もピッタリなの。彼は結婚しているんだけど、離婚するって言っているので、ここで彼と結婚するかもしれない」
おのろけである。
「それって客か?」
この地に人脈があるわけではないので、知り合う機会が多いのは客である。
「お客じゃないよ。知り合いの紹介。でも、私の仕事も知っていて、認めてくれている」
お幸せに、って言うしかない話だ。
彼女はざっくばらんな性格で、雑誌には書きにくい話もあけっぴろげに話してくれたのだが、よくあるように、恋をしている時はやたらに人に話したくなる。取材で会ったライターにも言わないではいられないくらいに恋の気分が高揚していたのだろう。
しかし、それだけでもなくて、彼女にとって私は話しやすい相手だったようで、これ以降時々電話をくれるようになった。
再会
それから二ヶ月後のこと。またも取材でこの地にやってきた際に、彼女と再会した。今回は客として彼女を指名したのだ。
「松沢さんはお客さんというカンジじゃないよね」
取材で先に会っていると、客に接する時の心構えができなくなってしまうのがいるものだ。とくに彼女はインタビューで、客の接する時は自分を作り込むタイプだと言っていた。あけっぴろげな部分を見せてしまった私にはいまさら「おしとやかな女」「尽くす女」なんて顔はできないのだろう。
「こっちもその方がいいよ。急に違う女になられても困るよ」
「よかった。だったら今日は任せちゃおうかな」
彼女は普段攻めを主体にしている。そのため、M系の客も多いのだが、あくまでこれは仕事の顔であって、プライベートでは攻められるのが好き。これもインタビューで語っていたことだ。事実、この日の彼女は徹頭徹尾自分の快楽のみに集中していた。店内に響き渡るような声を出し、「もうイク〜」「またイク〜」と繰り返していた。
そんなことより新しい恋
終わったあと、彼女は恥ずかしさを隠すようにふざけた口調でこう言った。
「もう本気になっちゃったよー。言っておくけど、店でこんなふうになることなんてないんだからね」
これでいよいよ彼女は私に対する親密度を深めたようだった。
シャワーを浴びながら、私はこう聞いた。
「そういえば、例の彼氏とはどうなった?」
「ああ、そんなことよりすごいことがあったのよ。聞いて、聞いて」
二ヶ月で早くも「そんなこと」になってしまっている。
「私が出ている雑誌を見て、手紙を送ってきた人がいるの。“雑誌を見て、あなたのことが忘れられなくなった。一度会いたい”って。その文章がすごく真面目で真剣なので、私も返事を書いたのね。それから手紙のやりとりをしているんだけど、私もこの人とは相性がすごくいいような気がするんだ」
「二ヶ月前にもそんなことを言っていたように思うんだけど」
「ああ、あれははっきりしないから、もうどうでもいいよ」
今度は「あれ」である。
「だって、奥さんと別れるって言っていたのに、全然煮え切らないの。会おうと思って電話しても、“忙しい”とか言って、ここ一カ月会ってないし、あっちからは連絡もしてこないから、もういいやって」
「いざとなったら、腰が退けたんだろうな」
「私もそうだと思うんだ。はっきりしない男は嫌いだから、もうどうでもいい」
その人は拘置所に入っているの
となると、今回の話もすぐに「どうでもいい」ということになるのではないかと思うしかないが、話につきあってあげることになした。
「でも、その男が雑誌を見てそんなに会いたくなったんだったら、店に会いに来ればいいだけじゃないか」
「それがね、来たくでも来られない事情があるの」
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