松沢呉一のビバノン・ライフ

金は人間関係をきれいにする—ホステスさんの相談(上)-[ビバノン循環湯 485] (松沢呉一) -3,693文字-

話の内容としては10年以上前のもので、7、8年前にメルマガで初公開したものだったはず。

歌舞伎町の怖い話—飲屋街の怪談 2」の最後の方に出てくる「ホステスさん」には、水にまつわる話だけではなく、クラブにおける裏話をいっぱい教えてもらっています。ただ、私はそっち方面は疎いので、ここに出てくるクラブのママたちの話がどこまでクラブ一般に共通するのかはわからんです。

写真のほとんどは歌舞伎町で撮ったもので、本文にはまったく関係がありません。

 

 

水の話

 

vivanon_sentence現役風俗嬢たちとのつきあいが減って、一時は飲み屋の娘さんたちがよくメールをくれていたのだが、下戸の私としてはめったに店に行かないため、彼女らも、そのうち連絡してこなくなる。向こうにしてみれば営業する意味がないということもあるし、会わない時間が長くなると、話が続かないものだ。

ほんの一部、交流が残っているのがいて、その一人にA子がいる。彼女とは一昨年知り合ったのだが、店で会ったのはその一回のみ。店以外では何度か会っているが、かといって店外デートってことでもなく、今や単なるダチである。

当時は大衆的な飲み屋だったが、今年になってからクラブで働いている。行きたくても、私なんぞが行ける店ではない。

キャバクラならともかく、クラブホステスとのつきあいはないので、彼女には私の知らなかった話をいろいろと教えてもらった。

「キャバとクラブは全然違うんだよね。格式とかしきたりとか、クラブはそういうのにうるさい。水商売って水をすごく気にする。水回りに神経質で、ちょっとでもシンクとかその周りが汚れているとママが怒鳴る。水が澱む、水が汚れることをすごく嫌うので、水が溜まっているだけで怒鳴られる。飲み屋が水回りを過剰にきれいにしているのは衛生面だけじゃなくて、ジンクスみたいなものもあるんだよ」

店によってはキャバであれ、スナックであれ、水回りにはうるさいし、一方ではクラブでもアバウトな店もあるのだろうが、水商売が水に過剰に反応するのは全国的に見られることで、とりわけ歴史のあるクラブではその傾向が強いようである。

「水を大事にしているというのとも違って、水を嫌うんだよね。水に流すとか、そういう言葉使いまで注意される。お客さんが使う分にはいいと思うけど。松沢さんはお酒を飲まないから、水を頼んだりするでしょ」

「頼まない。たいていウーロン茶」

「だったらいいけど、“お水ちょうだい”って言わない方がいい。縁起の悪い客と思われるから、水を頼む時は“お冷や”か“ミネラル”って言った方が無難だよ」

「そこまで気にするのかよ」

「気にする人はね。水に流れる、水を差す、覆水盆に返らず、水が合わない、焼け石に水、寝耳に水、年寄りの冷や水って言葉はどれもいい意味ではないでしょう。水は不安定で頼りない。だから避けるんだよ」

 

 

井上陽水も縁起が悪い

 

vivanon_sentenceそういえば、酒が強くなかったり、飲み過ぎた場合にホステスさんが頼むドリンクはたいていジュースだ。

「流れるという言葉を使うのも嫌がる。妊娠している女は水商売ではタブーなんだよ」

「スナックだったら、妊娠しても働いているのがいそうなのに」

「スナックはいいんじゃないかな。クラブは古いしきたりが残っているから。もし流産したり堕ろすことになったら、運気が流れるから、妊娠した段階で店に入れてはいけない。クラブホステスは結婚して続けてもいいけど、妊娠したら一度は辞めてもらう」

「じゃあ、萩原流行や井上陽水も縁起が悪いな」

「そこまでは気にしない人も多いけど、嫌うママもいるかもしれない。ホントにそのくらい縁起をかつぐ。私はバカバカしいと思っているけど、うちのママはすごく気にするから、こっちも気にしなきゃいけない。そういうところで疲れちゃう」

彼女は自分はホステスに向いていないというのが口癖だ。

「生命保険会社の支社長がうちの客で、その人によると、生保レディの条件は1が負けず嫌い、2が利己主義、3が不幸であることなんだって。営業成績が一番じゃないと納得できなくて、他人を蹴落としても契約をとれて、子持ちのバツイチだったり、親族が病気だったり、借金を抱えている人が強い。そんなに困っていない人は、最後の一押しができないから、そこで差がつく。水商売も同じなんだよね」

営業的な仕事はすべてそうなのだろう。

「私はこの仕事に向いてない。私はのほほんと生きていければいい。みんなが楽しければいいので、自分のことばっかりは考えられない。私、全然不幸じゃないし」

「それでいいんじゃないか」

「だよね、アハハ」

そういう女である。だからこそ、金にならない私なんぞと仲良くしている。

キャバクラだと口の軽いのもいるが、クラブでは客のことを外部の人にペラペラ話してはいけない。だからこそ、彼女は私に話す。話せないから、吐き出す場所を欲しがるのだ。店と接点が一切ない私はいわば「王様の耳はロバの耳」と吐き出すツボのようなものである。オレは痰壷か。

 

 

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