軽蔑の言葉より利用お断りの方が重い—心の内務省を抑えろ[23]-(松沢呉一)-3,705文字-
「各種差別とその比較—心の内務省を抑えろ[22]」の続きです。
このシリーズは「ネトウヨ春(夏)のBAN祭り」からスピンアウトしたものなので、図版がない時は祭りの写真を使っています。
認知の格差
桜井誠も「差別はなくせない」なんてことを言ってますが、これは「すべての差別をなくせる」という幻想に対する批判としては有効です。しかし、「すべての差別をなくすことができないからすべての差別は容認されていい」とはならない。「すべての差別はなくせないけれど、桜井誠のヘイトスピーチはなくせる」のです。だったらなくすべ。その基準が法で提示されているのだから、少なくともその範囲のものはなくしましょう。
前回見たように、差別される特性のある人々と別の特性の人々を比較して、「どちらが深刻か」「どちらが優先的に解消されるべきか」を決定することは相当に難しいし、それをやりだすと、「そんなことより、こっちを先に」「そっちに金を使うなら、こっちに使え」ということにもなって、足の引っ張り合いになります。
前回書いたことから読み取って欲しいのは、「差別」といった時に多くの人が思い浮かべる「障害のある子どもがいじめられた」「出自を理由に婚約を反故にされた」「ある人々を蔑視する落書きがなされた」「ヘイトデモが差別的言辞をまきちらした」といったものだけではなく、あらゆる生活の場面に存在するってことです。
車椅子の人たちが不便を感じているだろうこと、目の見えない人たちが不便を感じているだろうことは想像しやすいとして、想像しやすいのはそこまでで、情報障害という不便さにも晒されていることは全盲の知人に教えられるまで想像できてませんでした。言われればわかるけど、言われなければわからない。
これに認知の格差が加わって、たとえば文書を読むのが必須の仕事があって、全盲者の応募があって、なんら過不足なくこなせるのだとしてもそうは思われずに候補から外されることが多いでしょう。現実が認識されていないがために、本当は支障がないにもかかわらず、思い込みで「全盲では無理」と判断されてしまうのです。
セックスワーカーへの差別は職業差別だと認識されているので、人種差別撤廃条約の対象ではないし、国内法でも救済対象ではないのですが、実のところ、この背景にあるのは女性差別、ジェンダー差別です。これもまだちいとも理解されていないかと思います。
同性愛者にとっては法的に結婚ができないという決定的な差別があるのに認知度が長らく低かったのは、見た目だけでは気づけない存在の特性と、ヘテロとして生きていくという理不尽な選択をするしかなかった人たちが多いことでさらに見えなくされてきたことによります。ここは当事者たちの発言を待つしかなく、なにより当事者の言葉が重要です。
そういった見えない差別、見えにくい差別の存在や様態がさまざまある中で、差別の一面しか見えていないまま、「こっちの差別の方が重大、あっちは後回し」なんて決定できるはずがない。
差別>ヘイトスピーチ>差別用語
しかし、同じ特性に対する差別の様態の中で「どれが深刻か」「どれが優先的に解消されるべきか」についてはある程度ランクをつけられます。当事者たちの深刻さを踏まえて、公平性が損なわれる程度で判断すればいい。
たとえば海外に行って、「ジャップ」とだけ言われることと、「ジャップはこの国から出ていけ」と言われることとの意味合いは違う。また、ホテルに泊まれないことに比して、ジャップ呼ばわりされることくらいたいしたことがないとも言えます。
「そんなことはない」と言う人もいるかもしれないけれど、どうして日本の旅館業法で以下の条文があるのかって話です。
第五条 営業者は、左の各号の一に該当する場合を除いては、宿泊を拒んではならない。一 宿泊しようとする者が伝染性の疾病にかかつていると明らかに認められるとき。二 宿泊しようとする者がとばく、その他の違法行為又は風紀を乱す行為をする虞があると認められるとき。三 宿泊施設に余裕がないときその他都道府県が条例で定める事由があるとき。
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