松沢呉一のビバノン・ライフ

共産党リンチ事件に始まる日本のリンチ—リンチの歴史[4]-(松沢呉一)-3,604文字-

内田魯庵が描写するリンチの実況—リンチの歴史[3]」の続きです。

 

 

 

野蛮国亜米利加

 

vivanon_sentenceこの「リンチの歴史」を書く契機になったのは「なぜ日本国民は大政翼賛に走ったのか—心のナチスも心の大日本帝国も抑えろ[5]」で取り上げた 鬼畜米国 被抑留邦人にきく(昭和十八年)です。

この本にはこうあります。

 

 

今以て南部に於てリンチと云って法律や裁判の判決に因らないで、私人が恣に私刑を行ふことが行はれてゐるのであります。是は主に黒ン坊に対してでありますが、其の死刑のやり方もひどいやり方でありまして、自動車で以て其の人間を引きずり歩き、そうして広場に持って行ってガソリンを掛けて焼き殺してしまふ。

 

 

戦時交換船によって帰国した在米日本人が、「米国はいかに野蛮な国か」について述べたものですが、この本は太平洋戦争開始以降に出たものなので、敵国を否定的に語るのは当然として、ここまで見てきたように、それ以前に出たものでも、南部のリンチを残虐非道なのとして取り上げているものが多く、蕃習としつつ、道徳心が出たものだと好意的に解釈するものが一点あったのみ。

この時代にあっても、日本では米国の人種差別については批判的だったのであります。関東大震災の朝鮮人虐殺も相当に残虐非道ですが、内田魯庵が言うように、よその国のことは自身に関わりがない分、非難できるってもんですし、とくに太平洋戦争が始まってからは、米国の鬼畜さを説明する例として積極的にリンチが利用されたのだろうと想像できます。「捕虜になったら焼き殺される」「戦争に負けたら日本人全員がこういう扱いをされる」と。

※写真は戦時交換船。Wikipediaより

 

 

共産党リンチ事件

 

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国会図書館で「リンチ」を検索をすると、300件以上ひっかかり、ここで言う「リンチ」と無関係の人名や外来語、また、その一部(「リンチヤ島」といった言葉がひっかかったり、松林知山や森林調査のカタカナ表記「ショウリンチザン」「シンリンチョウサ」がひっかかったり)が多数含まれているため、全部は見てないですが、戦前の出版物に関しては多くが「米国では」という説明つきで、もっぱら黒人に向けた残虐な行為として使っているか、そうではないとしても、それが私刑の意味であるとの説明がついてます。海の向こうの話です。

私が見た範囲で、ひとつだけ例外がありました。時制が前後しますが、「共産党リンチ事件」に関するものです。1933年(昭和十年)の事件です。あくまで国会図書館の検索でひっかかったもののうち、私が確認できた範囲ですけど、これが日本国内の事件に「リンチ」を使った最初の例です。

 

 

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