松沢呉一のビバノン・ライフ

「肉体の門」と不良団による電気リンチ—リンチの歴史[5]-(松沢呉一)-3,523文字-

共産党リンチ事件に始まる日本のリンチ—リンチの歴史[4]」の続きです。

 

 

 

パンパンのリンチ

 

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田村泰次郎著『肉体の門』のように、パンパン・グループが裏切った仲間や敵対するグループのメンバー、縄張りを荒らす「流し」を集団暴行するような小説や実録ものを取り上げる際に、私は「リンチ」という言葉で説明していることが多々あります。「ビバノン」にもあって、戦前の不良ものにもリンチという言葉を使ってます。

「ビバノン」に出しているものでは、原文に出てくるものなのか、あとになってそう表現しているだけなのか私自身にもわからず、今から調べるのは大変すぎますが、「ビバノン」に出していない原稿で引用文に出てくるものが見つかりました。

以下は竹中勝男・住谷悦治編『街娼—実態とその手記』(有恒社・1949年)を論じた原稿より。冒頭の太字部分が引用です。

 

最近病院に勤めたタイビストだと守衛を詐り、正門より堂々と脱走して直ぐつかまり、物凄いリンチにあう。廊下に座らされ、スリッパ、靴等で顔を殴られ、太腿、脚を蹴られて紫色にはれあがる

これはQさん(21歳)の口述。彼女は女学校卒業後、キャバレーのダンサーになり、そこで米兵と知り合ってオンリーに。電車を待っているところで訊問され、MPの質問に英語で答弁したことが裏目に出て検挙。

病院内で、入院者の中から班長、副班長を任命し、彼女らに自主管理させていて、ルール違反したのがいるとリンチをするのです。こういう話は、東京の吉原病院でもあったようです。

病院の人間が直接手だしをするわけにいかないので、こういう方法をとったのでしょう。また、病院のミスを指摘したりすると、部屋から出られないようにカギ付の部屋に入れられてしまいます。ひでえ人権蹂躙が行われていたのであります。

 

 

闇の女たち』でも重要なパートでこの本を使用していますが、京都での街娼の調査報告書であり、狩り込みをされた街娼たちの多数の証言が掲載されています。京都では狩り込みが行われると平安病院に入れられます。東京では吉原病院です。

狩り込みされた街娼が「リンチ」と言ってます。このように、戦後になると、米国のリンチから離れて、広く国内の事象にこの言葉が使用されるようになり、とくに不良少年少女による暴行事件に対して、この言葉が使われています。パンパンも不良少女団の延長にあったことは『闇の女たち』に書いた通りです。

ここに思想はないですが、これらも共産党リンチ事件に通じます。組織があって、その内部で行われる暴行です。班長、副班長が命じて皆で暴行したのか、あるいは班長、副班長が個人で暴行したのかまではわからないですが、どちらにしても秩序維持のため、力を持つ側がやる。

敵対しているグループに対してであっても、世間一般から見ればどっちも同じ部類に属していて、特殊なルールが支配する人たちの間での「内部の暴力」という印象があったでしょう。

 

 

小学生の電気リンチ

 

vivanon_sentence戦後のものはまだ著作権が切れていないものが多いため、国会図書館のサイトではわずかな数しか読めないのですが、昭和二二年に出た加藤一夫著『キリスト : 小説. 神わざの巻』に「リンチの失敗」という章があります。イエス・キリストの生涯を小説風にしたもので、本文では一カ所だけリンチという言葉が出てきます。子どもの頃のイエスが悪童たちに連れ出されたところ。

 

 

二町ばかり隔ったところにこんもりと繁った森があった。そこはよく悪童たちのリンチの行はれるところであった。

 

 

言葉としては比較的新しい米語であるリンチをこの本で使用するのはどうなんかというところはあるのですが、説明なしで使用する言葉にもうなっていたことがわかります。

すでに戦前から使用されていたのですから、ここで使っていてもおかしくないのですが、『肉体の門』はこの年の五月に発売されて、瞬く間にベストセラーとなり、秋にはこれを踏まえたと思われるSMショーが行われています。『キリスト』は八月に出ていますから、『肉体の門』を踏まえた可能性は十分あるでしょう。直接読んでないかったとしても、新聞や雑誌で取り上げられる際にリンチという言葉を使ったものが多かったはずです。すでに言葉は浸透していても、『肉体の門』がこの言葉を一般化したと言えそうです。

 

 

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