松沢呉一のビバノン・ライフ

神近市子ハ助平ダナ—伊藤野枝と神近市子[11]-[ビバノン循環湯 472] (松沢呉一) -4,490文字-

大杉栄は病院へ、神近市子は警察へ—伊藤野枝と神近市子[10]」の続きです。

 

 

 

神近市子ハ助平ダナ

 

vivanon_sentence国会図書館所蔵の『自叙伝』には面白い書き込みがなされています。

 

 

 

 

神近市子ハ大杉栄ノ亀頭ノ大キノニ別レルコト●デキナカッタソウダ……」「神近市子ハ助平ダナ

この書き込みを見て、一世紀前の同志を発見したように嬉しくなりました。いくら神近市子がごまかそうったって、一世紀前の同志の工作によって国会図書館に真実は半永久的に保存されたのであります。

この本では、資金援助をした後藤新平の名前も書き込まれています。のちにこれは国会でも問題になったように、その当時は誰が見てもわかったのでしょうが、こういった書き込みや伏字の穴埋めは時に著者自身や編集者の手によるものがあるので侮れません。

しかし、その場合は出てすぐの初版になされるものであって、この本は初版が出た大正十二年十一月二二日から一ヶ月近く経った十二月十八日に出た十八版とありますし、その内容からしても、関係者ではないでしょう。一ヶ月足らずで十八版かあ。やはり事件によって大杉栄の注目度が高まっていたってことです。命がけのゴシップ作戦成功。

こういう話は広がっていて、亀頭はともあれ、神近市子がセックスに執着していたであろうことは誰にでも想像できていたのだと思われます。後藤新平と同じく読めばわかるってことなんですけどね。

肉欲に走ってこの事件を間接的に引き起こした大杉栄もまたスケベであって、両者ともスケベってことなので、神近市子にだけその勲章を与えるのは不公平ですが、スケベなあまり人を殺そうとした点で神近市子の方が一枚上手です。

 

 

伊藤野枝を嫉妬し続けた神近市子

 

vivanon_sentence宮島資夫もまたアナキストで、大杉栄とともに雑誌を発行していたのですが、「日蔭茶屋事件」が決定的な原因となって袂を分かちます。妻の麗子が神近市子と友人だったこともあって、宮島資夫は神近市子に同情的で、彼女が刑期を終えてシャバに戻ってきて以降も、親交が続いていました。

 

 

宮島氏は同じ無政府主義者として、大杉氏を鋭く批判した。(略)罵倒ともいえるほどの宮島氏の大杉批判は、(略)私には痛快にひびいた。とくに野枝夫人が運動に一役買うために、江東の労働者街の銭湯に出かけていって、婦人たちの背中を流し、アベコベに白い眼で見られているという話を聞いたときは、私はひどく笑った。その時はさすがに麗子夫人が見かねて、他人の善意の失敗をあざけることに同調するのかといって、私に注意してくれた。道理の上では承服したが、心の中ではやはりおもしろかった。

 

 

大杉栄を刺す場面に続いて、ここで笑い続ける神近市子の描写は怖い。大杉栄に批判的である宮島資夫の妻でさえたしなめたくらいですから、相当のもんだったのでしょう。

この銭湯の話は伊藤野枝自身が書き残しています。大杉栄も伊藤野枝もこの時代には貧乏暮らしを続けていたとは言え、大杉栄は軍人の息子であり、東京外国語学校(現東京外国語大学)を卒業。伊藤野枝の実家は海産物問屋でありながら凋落し、貧しい中で勉学に励んで親族のサポートによって女学校を出ていますから、当時としては極少数のインテリカップルです。

そうだったからこそ彼らは労働者階級が闘争の主体になるべきと考え、労働者の街である亀戸に住みます。

しかし、伊藤野枝は井戸端会議にさえ参加できない。銭湯に行けば「女優」と揶揄され、石鹸を使い過ぎると注意される。そのくらいに当時は階級差があって、青鞜社同人の中では最も貧しかったとも言える伊藤野枝でさえ入り込むことは容易ではなく、そういった女たちを蔑視したくなる衝動にかられることを正直に吐露しています。

今だって銭湯に集う地域コミュニティに入り込むことは難しくて、地元の人以外ほとんど来ない銭湯だと、「こいつは誰だ」といった視線を向けられることはありますけど、銭湯に入る分にはとやかく言われない。しかし、当時はよそ者が来るとちょっかいを出してくる。それでも伊藤野枝は耐えました。

伊藤野枝のこの行動は、来日したアナーキスト、エマ・ゴールドマンの、理想のためには乞食をやることも厭わない生き方に強く共感していたからこそでしょう。

それを「ざまあみろ」とばかりに笑う神近市子。虐殺される前のことですから、まだしもこの時は嫉妬心を露にして、うっかり笑ってしまったのは許されるかもしれない(それもどうかと思いますが)。しかし、そのことを一九七二年に出した『神近市子自伝』にまで書く。

日蔭茶屋事件」から五十六年、関東大震災から四十九年経ってもなおこの人の伊藤野枝への嫉妬心は消えず、自由に生きようとして虐殺された伊藤野枝を笑い続けたのです。私は国会議員もやっていっぱしの文化人なったのに対して、あんたの努力は空回りして、最期はただの犬死にだったのだと。この時神近市子は八四歳。凄まじい執念です。

※吉田喜重監督「エロス+虐殺」予告編より

※宮島資夫の代表作が「坑夫」で、『恨なき殺人』に収録されており、国会図書館で読めます。手のつけられない乱暴者の坑夫が主人公で、その生活から脱出するため町に出ても仕事がなく、事故で死ぬ坑夫を横目で見ながら、また、肺をやられることが多いこともわかりながら、坑夫を続けるしかない絶望的な話です。

てっきり私はこの絶望の中で労働者として目覚めて、ストライキをリードして資本家と闘うといった展開かと思って読んでいたのですが、冗談半分でストライキという言葉が出てくるだけで、そういった展開は何もなく、ひどい男なので感情移入もできず、絶望的なまま終わります。

この本は発禁になったらしいのですが、ひっかかったのは思想ではなく、主人公が坑夫仲間の妻を犯す描写ではなかろうか。その部分に伏字が多数出てきます。

六十の婆さんを相手にする四十近い男に対して「男妾」という言葉が使われているのですが、男は野良仕事と床屋をやっていて、囲われているわけではなく、どういう意味で使われているんだろうと思って読み進んでもわからないままです。何もかも煮え切らない印象の小説でした。

 

 

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