SION「12号室」から—彼女は美しかった(予告編)-(松沢呉一)-2,700文字-
前置を書いていたら長くなったので、予告編として独立させました。
SIONの「12号室」から喚起された記憶
「禁制品を持ち込むには」をまとめている時の話としてFacebookにこんなことを書きました。
この原稿をまとめている時に、ある曲のフレーズが浮かびました。「なんだっけ、この曲」と思ったのですが、どうしても思い出せない。歌詞に「声」という言葉があったことは覚えているのですが、それ以上は出てこない。
銭湯に行ってもなおこのフレーズが思い浮かびます。女のフォーク歌手の曲かもしれないとも思うのですが、確証はない。よーく知っている曲であるはずなのに思い出せない気持ちの悪さ。
「うちに帰ったら、鼻歌で曲名を教えてくれるサイトにアクセスしよう」と思いつつ帰路についたのですが、路上で思い出しました。SIONだ。この曲のサビでした。
「だがしかし」を思い出していればすぐにわかったのになあ。でも、それを思い出せなかったがために女の歌手だと思ったことで発見がありました。あの声と強い言葉がないと、耳障りのいいきれいな曲なのです。歌詞や声にメロディの印象が相当に引っ張られていることに気づきました。
この原稿を書いた時期と、この曲を聞いていた時期とが重なるわけではないのですが、どうせ私の記憶を司る脳はアバウトなので、古い古い原稿を読み直しているうちに引っ張り出されたのだろうと思います。
以降、ここ数日はSIONを聴いています。初期以外聴いていなかったのですけど、なんも変わってなくて、なんも変わってなくても古臭いってことでもなくて、古い曲でも懐メロ感がない。新しめの曲でも懐メロ感があるとも言えるけど、SIONの曲は時代を超えるなあ。
ここにあるように、ずっとSIONを聴いていたのですが、改めてしんみりと聴き入ったのは「12号室」です。
短編小説ですわね。わかりやすく説明的だし、彼女について「ことさら感」もあるので、そこを嫌う人もいそうですけど、おそらくこれはSIONの実体験に基づいていて、彼の歌に通底する「どうしようもなさ」「居場所のなさ」「自分を肯定しきれなさ」という思いはここにつながっていて、そこと向き合ったことの重さを感じないではいられない。
この曲が入ったアルバム「夜しか泳げない」は発売当時に聴きました。つまり私にとっては懐メロです。「俺の声」を聴いていた時期に書いたわけではない古い原稿を読み直している時に古いメロディが引っ張り出されたように、この曲を聴くと小学校一年の時の同級生であった浜田さんを思い出します。思い出に浸るのが嫌いな私ですから、ふだんはこんなことはまず思い出さないんですけどね。
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