松沢呉一のビバノン・ライフ

本にならなかった原稿—彼女は美しかった(上)-[ビバノン循環湯 473]-(松沢呉一)-3,142文字-

この原稿を出すことにしたきっかけは「SION「12号室」から—彼女は美しかった(予告編)」を参照のこと。

「美少女」というワードで著作権切れの写真を探していたら、ロシアのおかしなサイトに行きつきました。大量の古い写真が集められていて、その多くは少女と人形がモチーフです。少女マニアかと思ったのですが、人形マニアです。そっちかよ。人形が写っていないものもあって、それらは人が人形みたいってことだと思われ、男の子もいます。

所有を示すロゴが入っているものがあるので、自身のコレクションではなく、ネットでかき集めたものではなかろうか。著作権切れの写真をテーマを絞って集めるのはいいアイデアです。

美少女と言える年齢に達していない子どもが多いのですけど、そのほとんどは作品としての写真ではなく、営業写真、スナップ写真、ポストカードなので、モノクロは自動彩色して、その旨記載しました。自動彩色であっても色がつくとホントにきれいです。

 

 

 

『ワタシが決めた』の挫折

 

vivanon_sentence ワタシが決めた』は2冊作って挫折した。原稿を集めるのにとんでもない手間がかかるためだ。

常に原稿依頼書を持ち歩いて、書けそうなのを見つけると依頼をする。自腹を切って遊びに行っているのに、時間の大半を原稿依頼で潰すこともあった。

「書く書く」と言いながら原稿はなかなか届かない。催促すると電話に出なくなる。書く気があるとしても、なかなか書けないので、どんな話をどう書けばいいのかを手取り足取り教える。やっと出来上がった原稿を手直しするのにも手間がかかる。

これは風俗嬢やAV嬢だからではなく、書き慣れていない人に原稿を頼むことは、どんな集団であっても難しい。だからこそ、専業のライターがいるわけで、誰でも簡単に原稿が書けるんだったら、ライターの出番はない。

インタビューをした方がずっと早いのだが、インタビューはインタビューをする側の意識を超えられない。インタビューをする側の関心で質問をするのだし、インタビューする側の発想でまとめてしまう。そこに不満が生じやすく、風俗嬢やAV嬢たちが「私、こんなん悲しい女じゃないよ」とぼやくことになる。

文体も同様で、プロが書けばソツのないものに仕上げることが可能だが、文章そのものの個性は出にくい。「だったら、君たちが考えるままに、自分らの生活や仕事について書いてくれたまえ」というのが『ワタシが決めた』の趣旨である。ここを譲りたくがないために挫折してしまったわけだ。

 

 

出版されなかった『ワタシのシゴト』

 

vivanon_sentenceしかし、「この続きをやらないか」と声をかけてくれた出版社があった。ここは風俗雑誌を定期刊行しているため、編集者も広告営業の人間も、そのネットワークを使って原稿依頼ができる。誌面を使って募集もできる。風俗嬢たちがアクセスしてくるので、サイトでの募集も効果がありそうだ。本が出たら宣伝もやりやすくなるだろう。

出したくなくなったのではなく、手間がかかりすぎることの問題だったので、私は迷うことなくこの話に乗った。

期待通りに原稿は順調に集まり、今まで一人でやってきた原稿の直しも編集者との共同作業で進めることができて、私の分担は大幅に減った。1冊目と2冊目の書き手は大半が私が面識のある人たちか、その知人であったため、人脈も偏っていたのだが、今回は、ほとんどが私の面識がない書き手による原稿であり、業種も地域も一気に広がった。

原稿は十分集まって、タイトルは今までのつながりがなんとなく見える『ワタシのシゴト』になった。

これだったら、私の負担が比較的少ないので、シリーズ化して年に1冊か2冊出し続けられる。ジャンル別、地域別も出せるだろうし、従業員編も出せるだろうと構想が広がった。

ところが、ゲラ作業まで進んだところで急に話が滞りだした。決定していた発売日も延期になって、いつ出るかもはっきりしなくなった。そうこうするうち、この出版社自体が解体してしまった。

集まった原稿の中には、今なお忘れがたいものがいくつもあって、もうちょっと早く進んでいれば、本という形になったのにと悔やまれる。いずれにしても、執筆者も私もギャラはもらえなかったろうが、それでも形になった方が執筆者の多くも私も納得したろう。

※自動彩色です。人形よりも自転車と少女というモチーフに惹かれる私です。でも、たしかにこの頃の少女たちの格好はかわいい。

追記:この会社が解体したのは経営状態が悪かったのではなく、社長が鬱になって何もかもが滞ったためだったとあとで社員に教えてもらったようにも記憶してます。

 

 

忘れられない原稿

 

vivanon_sentence忘れられない原稿の中に、地方都市で働く風俗嬢の原稿があった。ヘルスでもソープでもなく、ポン引きに紹介される裏風俗だ。彼女はその出版社のサイトでの募集を見て原稿を送ってきた。

 

 

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