松沢呉一のビバノン・ライフ

行為者が少数でもいじめやリンチが成立するケース—リンチの歴史[9](松沢呉一)-3,547文字-

いじめの時代—リンチの歴史[8]」の続きです。

 

 

 

いじめとリンチの共通点

 

vivanon_sentenceいじめとリンチは近い言葉です。いじめに暴力が加わった時はリンチになる。このふたつが成立する条件は相当に近いのです。つまり様態や程度が違うだけ。

いじめ防止対策推進法の定義は以下。

 

(定義)
第二条 この法律において「いじめ」とは、児童等に対して、当該児童等が在籍する学校に在籍している等当該児童等と一定の人的関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているものをいう。

 

 

当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じている」という要件を入れておかないと、ただの遊びまでがいじめとされてしまいますし、第三者が勝手に決めつけることも起きてきます。

同じく知らない人から見るとリンチのようでも、2人女王様のプレイはリンチみたいなプレイであって、リンチそのものではありません。

こういう微妙さをいじめは含んでいて、たとえば罰ゲームみたいなものまでを大人がいじめだと決めつけて、子どもらが反発することが実際にあります。その微妙さを配慮していない定義は子どもらの健全なコミュニケーションをも阻害してしまいかねない。

ここではその微妙さを省いて、この定義をもっと短くまとめると、いじめは「集団内で、人的関係のある加害者による被害者に対しての心理的又は物理的なダメージを与える行為」ということになります。

これに対してリンチは、予め人的関係が存在していることは必須とまでは言えないことはここまで具体例を見た通り。その顕著な例はネットリンチです。ネットリンチは些か特殊な用法なので外すとしても、知らない相手を閉鎖的空間に閉じ込めて長時間にわたって暴行をするとリンチになり得ます。しかし、背景にも集団が存在せず、知らない相手をただ一回二回殴っただけでリンチと呼ばれることはまずない。

 

 

いじめとリンチの共通点は既知の関係でなされる例が多いこと

 

vivanon_sentenceここまで出てきた例で言えば共産党リンチ事件、パンパンのリンチ、連合赤軍事件、不良チームのリンチはどれも組織内など既知の関係でなされています。敵対しているグループという関係でも、まったく無関係の人というわけではない。似た者同士でありつつも、別組織の抗争はリンチではなく内ゲバ。

ヤクザが路上で出会った相手を集団で暴行する行為だとリンチという言葉から離れてしまうのは、制裁の意味合いが薄いからではなくて、「集団内ではない」「人的関係が存在しない」ってことだろうと思われます。仮にこのヤクザが「肩がぶつかったら制裁を加える」という掟を持っていて、これを実践したとしてもこれだけではリンチという言葉にはそぐわない。

しかし、見ず知らずの人を路上から拉致をして、ヤクザの事務所に連れ込み、そこで長時間にわたって暴行をするとリンチっぽくなります。外部から連れ込んでいても、「集団内」という印象が強まるのと、圧倒的な力関係の不均衡が明確になるからだと思います。

この力関係の不均衡をいじめの定義にしている例もあります。以下はWikipediaの「いじめ」の項より。

 

 

学校や第三者委員会が「いじめ」を認定する際には、「立場の互換性がない」、あるいは「力関係の差」が存在することを要件とする記述も散見される。

 

 

これはリンチにも適用できて、処罰、制裁の意味合い、つまり私刑の意味合いよりも、こちらの方が日本語のリンチの要件としては重要ではなかろうか。

 

 

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