松沢呉一のビバノン・ライフ

働く気があるとは思えないのに面接に来る不思議—とあるSMバーにて-[ビバノン循環湯 484] (松沢呉一)-3,683文字-

出版社で新卒の入社希望者に毎年面接をしている編集者に聞いたところによると、ここ何年か、「どんな本が好きか」と聞くと、堂々と胸を張って「本は好きではないので読みません」と答えるのが出てきているんだそうです。「本は読まないですが、雑誌が好きで、月に10冊は読んでます」ならまだいいのですが、そういうわけでもない。「だったらなんで出版社を受けるのか」って話ですけど、昨今はIT関連が第一志望で、出版社はついでに受けるのが出てきているようです。

出版社の人気が落ちているとは言え、甘過ぎます。いかにいい大学を優秀な成績で卒業していても、これでは採用する出版社はほとんどないでしょう。数日でできることなんだから、その出版社が発行しているものをチェックして、生まれてからずっと読んできたかのようなツラをしておけばいいものを。どうせバレるとは思うけれど。

その話を聞いて思い出した原稿を循環しておきます。店に対して悪いことは書いていないですけど、たまたま横で盗み聞きしていたことですから、原文には入っていた店名は外しました。10年ほど前にメルマガに書いたものです。

 

 

針プレイの横で面接

 

vivanon_sentenceSM雑誌「スナイパーEVE」の連載で、六本木の老舗SMバーを営業前に使わせてもらった。

青山夏樹女王様の指導のもと、素人女王様を教育する趣旨の連載で、この日の女王様志願はAV嬢で監督でもある真咲南朋(なお)ちゃん。シャキシャキした態度としゃべり方だが、性的にはMで、今まで女王様をやったことがないのだという。

実験台になったのは、「針が苦手」というM男さんだったのだが、「それは食わず嫌いだ」というので、乳首に針をズブズブ刺していたところ、店の人が横で面接を始めた。

他にも部屋があるのだから、そっちでやればいいようなものだが、たぶんプレイを見せようとしたのだと思う。SM初心者にはプレイを見せるのが早い。また、その反応で使えるかどうかもわかるだろう。

興味がある人であれば「そうか、こういうこともできるのか」というので、いよいよ働きたくなる。飲み屋だから、針プレイをやる機会はないだろうが。

私のところからは、見たくなくても面接の様子が見えてしまうのだが、入店希望の女性はプレイをしている人たちをまったく見ようとしていない。首を10度も曲げれば見える位置関係である。わざと見ないようにしているとしか思えない。

Houdini freeing himself from a roped chair. SMではなく、魔術師のハリー・フーディーニが得意の縄脱けをするところの写真

 

 

SMに興味がないのにSMバーで働こうとする不可解

 

vivanon_sentence会話も筒抜けだったので。聞くともなしに聞いていたら、こんなやりとりが展開されていた。

「SMに興味は?」

「ありません」

えっ? 耳を疑った。

一般の飲み屋に比べると、同伴やアフターがないとか、指名をとれとうるさく言われないとか、接客態度をそうはうるさく言われないとか、ホステス業としては楽な側面があるのは事実。その分、女王様としての態度を求められるし、女王様としての技術も求められる。

昨今、この手の店に対する規制も強まっているため、客がチンコや肛門を出せなくなってきていて、アナルフィストやチンコ責めもできなくなっているが、縛りやムチくらいは最低限覚えなければならず、SMとは何かを語りたがる客も多いので、いっぱしの知識も必要だ。

初めてこういう店に来た人が、「僕は顔騎が好きで好きでしょうがなく、思い切ってここに来たんです」と告白しているのに、「顔騎ってなんですか?」なんて聞こうもんなら、このお客さんは二度とここには来ないだろう(「顔騎」は顔面騎乗ね)。

「僕はスカが好きなんです」

「私はレゲエの方が好きですね」

なんて頓珍漢な会話も繰り広げられよう(SMバーでの「スカ」はスカトロね)。

 

 

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