松沢呉一のビバノン・ライフ

なぜ作家のスキャンダルが話題にならなくなったのか—文壇タブーなんてあるのか?(下)-[ビバノン循環湯 489] (松沢呉一)-3,140文字-

桐野夏生の「スキャンダル」に挑む—文壇タブーなんてあるのか?(上)」の続きです。

 

 

 

社内でもさして問題にならず

 

vivanon_sentence「二人の関係は『噂の真相』にも繰り返し書かれてましたから、文芸担当者で知らない人はいないでしょう」と文芸関係の編集者に聞いて、バックナンバーを調べてみた。

毎号、「噂の真相」を私は読んでいたが、興味がなかったので、全然記憶になかっただけで、二人でいるところの写真が二度にわたって掲載され、記事に頻繁に出ている。

「噂の真相」に書かれたところで、あくまで個人の問題として、会社がとやかく言うこともなく、周りもいまさら驚きもしなかったらしい。

それまでにも、岡氏には、社内、社外で女性関係の噂は多数あって、「仕事も女もマメ」というのが社内の評価。実際、桐野夏生をここまでの存在にしたのだから、かなりのやり手編集者であることは疑う余地がなく、そこに男と女の関係が関与していたところで、それまでの人物評と合致しているだけのことである。

ここまではよかったのだが、一昨年あたりから二人の関係がおかしくなってきた。何度か「別れる別れない」という話があったのだが、桐野夏生が自宅に電話をしたり、家まで乗り込むなど、ストーカーめいた行動が始まって、これで岡氏が絶縁を決意。

昨年の春、この報復として、桐野氏は講談社から版権を引き上げることを通告。対して講談社は、副社長が何度か交渉の場を持ち、どうにか講談社との関係は修復。

この過程で、講談社から単行本が出ていた『柔らかな頬』が昨年暮れに文春から文庫を出されてしまったのが講談社にとっては唯一の損害に留まった。

「今も完全に解決したわけではなくて、緊張関係にあるってところでしょう」

と講談社の編集者。これまでツーカーだった窓口がなくなって、講談社が他者より抜きんでた特別な版元ではなくなったということだろう。

「岡は文庫の局長で、文芸局長が定年になったので、今年二月の人事で文芸局長になると目されていたんですよ。ところが、文庫局長に据え置きだった。これは一連の事件に対する会社側の制裁だったという見方もあるんですけど、それだけですよね。文庫をもっていかれて、数千万円の損害を会社に与えたとは言っても、それまでの貢献を考えたら、億ですから。社内でもとくに岡をとがめるような空気はないです」

これが事の次第である。

 

 

天晴、桐野夏生

 

vivanon_sentence私が「OUT」を読み終わるより早く調査が終わったのは、この話は、文芸担当者の多くが知っていたからだ(一言で文芸担当と言っても幅が広いので、知らない編集者もいたが)。

こういう場合、本人にもコメントをもらうのが通例だが、その必要もなかった。桐野氏自身が、二人の関係を小説にしていたのだ。「別冊文藝春秋」2004年1月号掲載「怪物たちの夜会」という短編がそれ。

主人公の咲子は、九年間つきあった田口という妻子ある編集者の関係に疲れ、やがて家に電話をして田口の妻に別れるように迫り、田口を監禁して、単身家に乗り込むという内容。主人公を独身にしているところがチトずるいが、どこからどう見ても自分の体験を元にしたもの。

 

 

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