愛人の条件—ホステスさんの相談(中)-[ビバノン循環湯 486] (松沢呉一)-3,916文字-
「金は人間関係をきれいにする—ホステスさんの相談(上)」の続きです。
愛人はセックスだけではない
A子を愛人にしたいと言ってきた相手は、もともとA子がいる店の客ではない。別の店のママから頼まれて行ったパーティで会っていて、その時にA子のことを見初めたらしく、以来、何度か店にも来ている。今回も、そちらのママを通しての話だ。
「もともと私はそのママの知り合いで、今の店もママに紹介してもらっているから、断りにくいんだよね」
「その愛人話は今の店のママも知っているんだ」
「もちろん。勝手にそんなことはできないよ」
で、相談は、「愛人になっていいのかどうか」だ。
「いっぱい金をくれるんだったら、いいんじゃないか」
アバウトすぎる答えだが、いいも悪いも私には判断しようがない。
「ママに条件を考えておいてって言われて、決められないから相談しようと思ったんだけど、松沢さんに相談しても無駄か」
「無駄無駄。完全に無駄。その辺を歩いている小学生に聞くのと同じ」
「そうかなあとは薄々思ってはいたけど、小学生並みとは思いませんでした」
「でも、そういうのも相場っていうのがあるんじゃないの?」
「ママに聞いたら、最低で月三十くらいだって。上限はなし」
「三十万は安くねえか」
「それは店が休みの日とかに食事をしてホテルに行くだけね」
「ああ、セックスだけの愛人か」
「そうそう。うちまで来るんだったら、マンション代も出してもらうか、買ってもらわないと」
「マンションを買ってくれたら嬉しいけど、窮屈だな。家に男を連れ込めなくなるだろ」
「人によると思う。家庭があるから泊まってはいかない人もいるだろうし、今回の相手も東京じゃないから、いきなり来たりはしない。毎週東京には来ていて、その時だけ会う。私はセックスする時は今だってホテルだから、他の男と会うにしても、ホテルに行けばいいだけ」
お盛んで。
セックスだけならまだいいとして
週に一回セックスして月に三十万円だったら悪くないと思ってしまうが、話はそう簡単ではない。
「週に一回だとして、一回当たりの客が払う金は高級ソープと変わらんね」
「そうだね。手取りはもっと少ないだろうけど、それでもソープ嬢の方が楽だと思うよ。だって時間が決まっているでしょ。でも、愛人だったらそうはいかない」
私らライターでも、原稿を書いて一本五万円になるなら悪くはない。しかし、そのたびに編集者の買物につきあって、食事をして、おべんちゃらを言うことが必須だとすると、途端に面倒になる。気の合う編集者だったらいいとして。
「今だってクラブのお客さんは、なにかにつけ連れ回そうとするんだよ。ゴルフとかパーティとか、そういうのが私は面倒だから、この仕事に向いてないと思うんだよね。毎回つきあわなくてもいいんだけど、店にお金を落としてくれているから、この客は二回に一回、こっちの客は三回に一回はつきあっておくかってことになる。そのくらいならまだいいんだけど、お手当をもらうようになったら断りにくいよね。今回の相手は東京が拠点の人じゃないから、ゴルフとかパーティはそんなにないとは思うけど、それでも食事に行ったり、飲みに行ったりしなきゃいけないから、休みの日が全部潰れそう。そう考えると安いよね。純粋にセックスだけするんだったら、楽なんだけどなあ」
「そういうパパさんを見つければいいのに」
「いればいいけど、今の時代に月々三十万を払える人はなかなかいないんだよ。払う以上はセックスだけじゃない付加価値を欲しがる。セックスだけだったら、あっちだってソープの方がいいでしょ」
彼女としては、「マンションを借りてくれて、月々の手当は最低三十万」というのが希望条件。それ以外に準備金、支度金みたいなものを百万なり二百万なり払ってもらうのがこの世界の流儀なんだそうだ。花柳界の旦那と一緒である。おそらくクラブのパトロンは花柳界の流儀を持ち込んだのが始まりじゃなかろうか。
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