松沢呉一のビバノン・ライフ

安達堅造著『ナチスの真相』—日本におけるヒトラーの評価[2](松沢呉一)-3,895文字-

レニ・リーフェンシュタール制作「Olympia」を観る—日本におけるヒトラーの評価[1]」の続きです。

 

 

 

日本におけるヒトラー評価の幅

 

vivanon_sentence戦前、日本ではヒトラーはどう見られていたのかを知るために、国会図書館の資料をいくつか読んでみたのですが、相当の幅があります。

オーストリアの下級官吏の家庭に生まれ、特別金に恵まれていたわけでも(恵まれていたとも言えますが、小金持程度です)、学歴があるわけでも、後ろ盾があったわけでもない人物が世界の動勢を握る存在となったことを讃える立身出世物語として扱っているものが複数あります。豊臣秀吉と同じ扱い。

これはヒトラー自身が狙った筋書きでもあります。私自身騙されてしまったのですが、ヒトラーは『我が闘争』で、ウィーン時代に浮浪者施設にいたと書いていて、それを前提にしている出版物は今もあります。ところが、これは噓だったらしい(ハラルト・シュテファン著『ヒトラーという男』による)。この元ネタを確認していないので、ここでは深入りしないでおきますが、他にも噓らしきことが多数あって、『我が闘争』を読む時はその点を頭に置いた方がよさそうです。

一方にはヒトラーの中身のなさを当時から批判的に扱っているものもあります。その動きを危惧しながらも、ドイツがそうなったのは第一次世界大戦の戦勝国が苛酷な賠償や領土の割譲を決めたことによる反発であり、英仏の反省を求めるようなものもあります。

喍木寛著『ヒトラーと平沼騏一郎は何故独身か : その真相を研究す』(昭和十四年)なんて冊子まで読んでしまいました。これは読まなくていいと思いますけど、ここはたしかに気になるところ。死の直前まで結婚していなかったのは「結婚すれば多くの婦人票を失うことになる」と恐れていたためらしい。アイドルか、と突っ込まないではいられないですが、今では信じがたいことに、現実にヒトラーはドイツの女性らにそういう受け入れ方をされていたのですし、それはヒトラーなりゲッベルスなりが狙ったところでもあります。なおかつヒトラー自身の「禁欲的であるべし」という美学が崩れることを恐れたのだろうと思います。

追記:ヒトラーが数ヶ月の間、浮浪者施設にいたのは事実のようで、その時に会っている人物の証言もあるので、ハラルト・シュテファン著『ヒトラーという男』の記述もまた信用できないかも。

 

 

安達堅造著『ナチスの真相』

 

vivanon_sentence私もまだ全体は把握できていないですが、その両極を知ってもらうために、ふたつの本を取り上げてみます。

ナチス肯定論は吉岡彌生の論をすでに取り上げていますが、あれはナチスの婦人・育児・教育対策に絞ったものであり、直接にはナチスの根幹にある民族主義を肯定するものではありませんでした(日本の大陸進出は容認どころか、自身が欲していましたから、ナチスの領地拡大政策も肯定はしていたと思いますが、吉岡早苗もユダヤ迫害までは肯定しなかったでしょう。ホロコーストはもちろんのこと。戦後それを知ってどう思ったのか書き残していないのかな)。

早い段階でヒトラーおよびナチス総体を肯定的にとらえ、かつ詳細な内容だったのは安達堅造著『ナチスの真相』(昭和八年)です。

この著者である安達堅造は、よくわからない人物で、表紙には陸軍航空兵中佐とありますが、本文では「新聞に関わって居る」と書いています。気になって検索してみたところ、「トラックメーカー大手のUDトラックス(旧日産ディーゼル、埼玉県上尾市)」の創業者とあります。国会図書館には他に『飛行家を志す人のために』(昭和七年)があります。

ナチスの真相』の時点で五十三歳とあり、この前年に病気で九死に一生を得て、その転地療養としてドイツに行っています。その時に、自身の目でヒトラーを見ていて、すっかり魅せられてしまったらしい。

中佐レベルで療養のためにドイツまで行く余裕があるとは思えず、なんらかの任務を負っていたのか、この病気を機に軍隊を辞めて新聞の仕事を始め、その取材を兼ねていたのかはわからないですが、間もなくトラック製造の会社を設立したようです。

ナチスの独裁体制が樹立されたところまでのナチスの成長ぶりを詳細に、かつ肯定的に書いたものです。

※このタイトルを見ていて気付いたのですが、パレスチナって後ろから読むとナチスです。

 

 

next_vivanon

(残り 2287文字/全文: 4105文字)

ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。

ウェブマガジンのご案内

« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ

日本サッカーの全てがここに。【新登場】タグマ!サッカーパック