松沢呉一のビバノン・ライフ

ポグロムの犠牲者は数十万人から百万人—ポグロムから学んだこと[4](松沢呉一)

「屋根の上のバイオリン弾き」とポグロム—ポグロムから学んだこと[3]」の続きです。

 

 

 

帝政ロシアのポグロムとナチスのホロコーストとの関連

 

vivanon_sentenceヒトラーはヒトラーだけで権力を得たのではない。ナチスはナチスだけで成立していたのではない。ドイツ国民が選び、支持をしました。『我が闘争』で明言していますから、ヒトラーの独裁やユダヤの排除までを含めてドイツ国民はナチスを信任したのです。

ナチスのホロコーストは、それまでに脈々とポグロムとして行われてきたことを大規模かつ徹底的に国家として取り組んだことに特異性がありますから、他のポグロムとは比較ができないとも思っていたのですが、19世紀末に起きた帝政ロシアのボグロムは政府が仕込んでいたものだとも言えます。自分たちが生き延びるためにユダヤという敵を作り出し、デマまで流した。ナチスほど直接的、計画的ではなかったにせよ、国家の関与は否定できない。

その規模で言っても、ポグロムは無視、軽視できるようなものではありません。とは言え、数字がはっきりしないのですが、19世紀末以降、ロシアと東ヨーロッパでのポグロムの総数は少なくとも数十万人に達し、百万人としているものもあります。ナチスのホロコースト以上に調査が困難であり、概算すら困難です。

そのために逃げたユダヤ人が今度はナチスのホロコーストの遠因を作り出していくのですから、ポグロムとホロコーストの間には連続性があって、切り離すことはできないものです。

※これから読もうと思っているポール・ジョンソン著『ユダヤ人の歴史』は、上下合わせて1000ページ近くある大部の本ですが、索引に「ポグロム」はありません。ざっと見たところ、帝政ロシアでの迫害は書かれていますが、とくにそれを示す言葉はなく、ユダヤ人虐殺はすべてホロコーストとしてまとめられているようです。翻訳の段階で日本では馴染みのないポグロムという用語を避けたのか、原文にないのかどちらかわからないながら、おそらく後者でしょう。用語としてなくてもいいのではありますが、ホロコーストはナチスによるものということになっているので、すべてをホロコーストにすると、「誰が主体か」がわかりにくくなりそうです。

 

 

イェドヴァブネ・ポグロム

 

vivanon_sentenceその歴史とナチスのホロコーストとの関係をよく見せてくれる例が「イェドヴァブネ事件」です。

以下、Wikipediaより。

 

 

イェドヴァブネ事件(Pogrom w Jedwabnem)とは、第二次世界大戦中の1941年7月10日にポーランドの町イェドヴァブネ近郊で起こったユダヤ人の虐殺事件(ポグロム)。この虐殺事件は、長い間ドイツ軍部隊の仕業であると考えられてきたが、現在はほぼ全て、非ユダヤ系のポーランド人住人の手によるものであることがわかっている。この地域を占領中のドイツ軍がどれほど関わっているかはよくわかっていない。

 

 

 

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